第23話 食事はどうしますか?
読んでくださりありがとうございます。雑貨屋ですべてのお金を使ってしまったので今2人は全くの無一文ですね。
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緋熊亭
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緋熊亭の扉を開けるとカウンターの奥に座っていたポーラが顔を上げ立ち上がった。ポーラは2人を見て微笑んでいる。何か良いことでもあったのだろうか。
「おや、おかえりなさい。ふふ、装備似合っておられますよ」
「あぁ、ありがとうございます」
「お食事の説明をするのをすっかり忘れてまして……」
「食事の説明?」
ポーラに言われてレイモンドの腹は思い出したかのように突如として空腹を訴え始めた。住んでいた田舎町から出て色々なことがありすぎたため2人とも食事のことをすっかり忘れていたのだ。帝都で食事をするならそれなりにお金もかかるだろうし、そもそも今手持ちのお金は無い。
「宿泊には当然お食事が付いています。ですが、それを食べるかどうかは宿泊される人によります」
「……と言うと?」
「そもそも特に冒険者の方が、毎日ここに帰って来られることが少ないんですよ。実際に宿泊されたのは数日ですが期間にすると半年以上滞在された方もいらっしゃいますからね。ですからその場合ここでの食事は必要なくなる訳です」
「あぁ、なるほど」
「そこでお食事を希望される場合は事前に伝えるというルールが緋熊亭には設けられてます。その時間を超えてしまうと食事の用意が難しいのでお断りさせていただいているんですよ」
そう言うポーラは少し申し訳無さそうな顔である。食事を作るのだって大変なことであり、こうしたルールがあるのは仕方が無いと納得出来る。
だが今そんなことはどうだって良い。レイモンドは少し不安気に周りを見渡した。食事を作っているような時間では無いからだろうか。食べ物らしきにおいはどこからも感じなかった。感じるのは酒とたばこのにおいばかりである。
「……ちなみに、それはいつまでなんだ?」
「朝食が朝8時、昼食が昼の0時、夕食が夕方8時を基準として前後2時間程度を期間ですね」
言われてすぐに2人とも時間を確認した。今は夜11時頃であり言われた期間はとうに過ぎてしまっていた。ふとレイモンドを見ると何度も時間を確認しているようだ。そんなことをしても時間は全く変わらないのだが。
「……つまり今夜の食事は出せないと言うことで?」
「ふふ、その方が良いのならそうさせてもらいます。ですが、説明もしないままルールだから食事は出せないと言うのは意地悪と言うものでしょう? 今からお作りしますからあちらの食堂でしばらくお待ちくださいませ」
どうやら2人は食事にありつけそうである。空腹を抑えながら2人はゆっくり言われた食堂の方へ歩いて行った。食堂には明かりがついていた。
本来食事をしない時間であるため最後に出た人が消し忘れたのかと思いマシューが中を覗き込むと食堂の中には食後の一服を1人で楽しんでいるバーナードの姿があったのである。バーナードはこちらに気付くと慌ててたばこを灰皿に擦り付け始めた。
「なんだあんたたちか。俺はてっきりポーラが来たのかと思ったよ。あんたたちはたばこは平気か?」
そう聞きながらバーナードは既に新しいたばこを取り出している。先程中途半端に終わっただけにまだ吸い足りないのだろう。灰皿の上には先程まで吸っていたであろうたばこが乗っていた。まだ吸い始めて少ししか経っていないようだ。
「あぁ、平気だ。俺のじいちゃんはよくたばこを吸っていたからな」
レイモンドはたばこは特に苦手では無い。それはマシューも同じでありマシューは口を開く代わりに無言で頷いた。それを見たバーナードはにこりと笑ってたばこを咥えた。
「お、それは助かるぜ。【着火】」
指先から小さな火を生じさせるとバーナードはたばこの火をつけた。煙を目一杯肺に吸い込むと幸せそうにゆっくりと煙を吐き出した。なるほど、相当たばこが好きなのだろう。バーナードの様子を見てレイモンドは小さく頷いていた。
「たばこには魔法で火をつけるんだな。【着火】か……。【火球】ではダメなのか?」
「当たり前だ。威力が違いすぎるからな。【火球】じゃたばこごと焼き払っちまう。火をつけるくらいなら【着火】で充分さ。魔力適性が火属性なら誰でも扱える簡単で便利な魔法さ」
「へぇ、俺は火属性だから教えてもらおうかな」
「あぁ、良いとも。ええと、本はどこへしまったかな。ええと、……確かあの辺に。……ん?ちょっと待て! ……あんたたちなんで食堂へやって来たんだ?」
【着火】を習得するための本を探し始めたバーナードだったが突然その手を止めた。バーナードは真剣な表情で2人を見つめている。なぜそれを聞かれているのか分からないがマシューは素直にその質問に答えることにしたのだ。
「ちょっと遅いが今から食事にしようかと」
「……だが食事の時間は過ぎているぞ? なにせここ緋熊亭での夕食は10時までだ。そう説明がポーラからされているはずだ。いや、そんなことはどうでも良い。とにかくポーラは今料理を作ってその後ここに持って来るんだな?」
「……うん」
「だったらたばこを吸ってる場合じゃ無い。あんたたちは知らないと思うが実は本来この食堂スペースは禁煙でな。ここで吸ってるのがバレるとポーラにそれはそれはものすごく怒られるんだよ」
そう言って慌ててバーナードは灰皿にたばこを擦り付けて火を消した。このまま食堂を出ればバーナードがここで吸っていたことはポーラにバレない。厨房にいるであろうポーラにバレないよう静かに食堂を出ようとして何かを思い出したかのように2人に振り返った。その時レイモンドはたばこのにおいに混じって肉がこんがり焼けたにおいを感じ取った。どんな食事が運ばれてくるのか非常に楽しみである。
「……くれぐれも俺がここで何をしていたかポーラには黙っててくれよ?」
「……黙っていようがいまいが変わらないんじゃないかな」
「あぁ、そうとも。あんたがここでたばこを吸ってることはもう私にバレてるんだからね‼︎」