第35話 【超新星】
その痛みで魔王は思わず唸り声を上げた。左膝から下の脚が吹っ飛んでしまっている。傷痕からは取り込んである闇の力が痛みと共に漏れ出している。
久しく感じなかった故かその痛みは魔王の精神に甚大なダメージを与えていた。しかしなぜ脚が吹っ飛んでしまったのだろうか。
確実に回避するためにギリギリまで待って斜め上に跳び上がったのだ。剣筋はきっちり把握していたはず。瞬間移動でもしていない限りそれは説明が出来ない。だが目の前の人間は何も魔法を発動させた素振りは見せていない。
「貴様っ! ……何をした」
「何もしていない。……ただ仲間を信じて思い切り振っただけだ」
「……仲間……だと⁈」
そこでようやくこちらを見ている勇者の仲間のひとりに魔王は気が付いた。持っているあの魔水晶は【移動】。なるほど、本当に瞬間移動をしていたらしい。目の前の勇者に集中しすぎたことが仇となったのだ。
「我を……我を舐めるなァ‼︎ 我は死なん! こんなところで死にはしないのだ‼︎」
魔王は吹き飛んだ脚をすぐさま蘇生させ立ち上がるとマシューへ向かって大きく妖剣を振りかぶった。たった一度刃が届いただけに過ぎない。実力差は歴然。いくらでも戦局は取り返せる。魔王はそう考えていた。
だが一度でも刃が届いたことはマシューに大きな意味をもたらしていた。ダメージが与えられることは自信に繋がる。自信を持って剣を振るう勇者と精神的にダメージを追った魔王が戦えば結果はどうなるだろうか。もちろん自信を持っている方が戦局が有利に展開するのは言うまでもない。
あらゆる箇所を斬りつけられ魔王はとうとう痛みで立っていられなくなった。勇者は涼しい顔でこちらを見ている。体中から感じる強い痛みが戦いの結末が近くなっていることを訴えていた。
「ぐはっ……。我は……我は負けるのか」
魔王の体中から闇の力が漏れ出している。それはマシューがクラウンソードで斬りつけた故であり、魔王にダメージが入っている証拠である。
……だが、マシューは漏れ出すその闇の力に嫌な気配を感じ取っていた。このまますんなりと魔王を撃破出来るとは思えないのだ。
「……何か狙っているのか?」
「……くく、やはり貴様らは厄介なことこの上ない。……だが、これだけ漏れ出せば充分だ」
そう呟くと魔王は漏れ出した闇の力を全身に纏った。次の瞬間空間全体が揺れ始めた。もちろん地震が起こった訳ではない。極限まで濃度を高めた高密度の闇属性の魔力が空間を壊すほどのパワーを持ち始めたからである。
「我の膨大な魔力の殆どを使い果たしようやく発動出来る究極の魔法を見せてやろう。発動出来る魔法の名は【超新星】。深淵城ごと貴様ら全員を爆破するのだ‼︎」
マシューたちは誰ひとりその究極の魔法を知らない。だが空間を破壊せんとばかりに密度を上げ続ける魔力の塊を見ればその威力が計り知れないほど強力なことは全員理解していた。
「くそっ、こんなのどうすれば良いんだ」
あまりの魔力の密度の高さにマシューは近づくことさえ出来ない。近づけば体が吹き飛んでしまうだろう。近づけないのであればクラウンソードの光の力で闇の力を削ぐことは不可能である。
そしてここから逃げることも出来ない。【超新星】の効果範囲は深淵城全域。今から発動するまでに深淵城を脱出することは出来ないのだ。
「……ここまでよくやってくれた。あとは私の役目だ」
優しい声が辺りに響いた。その声を発したのはケヴィンである。言葉の真意が分からずマシューはただただケヴィンを見るだけしか出来なかった。彼はいったい何を言っているのだろうか。
「マシュー、君の役目はここで一緒に死ぬことではない。勇者として無事に帰ること。それが君の役目だ。それが世界を救った勇者の役目なんだよ」
「……父さん?」
「魔王は【超新星】で自分は死なずに全てを破壊するつもりだ。それを阻止出来るのは時の勇者である私だけだ。マシュー、……最期に君に会えてよかった」
「父さん⁉︎」
マシューの戸惑いの声を聞きながらケヴィンはゆっくりと魔力の塊へと近づいていった。そして今にも爆発せんとしているそれに向かって手をかざした。
「何をしても無駄だ! もう【超新星】の発動は誰にも阻止出来ない!」
「究極の魔法。魔力を暴発させることで発動が出来るようになる。だがあまりに膨大なその魔力は見境なく魔法を発動させてしまう。発動させたことのあるものしか知らない話だがね。……さて、【超新星】の近くで魔法を発動させればどうなるだろう? 君の魔力を使わせてもらうよ」
そう言うとケヴィンは残り少ない魔力を使い【魔力障壁】を発動させた。【超新星】の異常な魔力にあてられ【魔力障壁】は膨れ上がり魔王とケヴィンを囲んだ。そうして発動された【魔力障壁】は見たことも無いほどの密度を誇っている。
【超新星】。魔王の魔力の殆どをもって発動出来る究極の魔法である。その魔法は自分を中心に超高密度の魔力を爆発的に拡散する魔法である。つまり発動した魔王だけはその魔力の拡散を免れることになる。これで魔王は自分以外の全てを壊そうとしたのだ。
しかし【魔力障壁】がその状況を一転させたのだ。拡散された魔力は高密度の魔力によって発動されたそれにより反射される。そうなれば自分さえも爆発的な魔力の拡散に巻き込まれることは分かりきっていた。そしてもう発動が止められないことは魔王自身がよく知っていた。