第34話 背中を押してやること
読んでくださりありがとうございます。さあ、攻める時です!
取り出したクラウンソードは不思議と以前よりも重く感じた。それは恐らくこの剣の重みを知ったからに違いない。手の中にあるクラウンソードは聖剣クラウ・ソラスが砕け散った今マシューたちが取れる最後の攻撃手段である。
「……なるほど、貴様がその剣を持っていたのか。父親と言い貴様と言い、厄介なものを持っているものだ。……だが、その剣があったところで届かなければ意味が無い!」
「意味ならあるさ。マシューはきっと君にこの剣を届かせる。……私はそう信じているのさ。……【範囲大回復】」
ケヴィンは【範囲大回復】を発動させた。その範囲はこの空間全体を包み込む。魔王を除く全ての人間がその対象である。壁に激しく打ちつけられ動けなくなっていたエルヴィスとエレナはこれによりなんとか意識を取り戻したようだ。
「さて、マシュー。よく聞くんだ。目の前にいる魔王は魔法はもちろん物理攻撃でさえダメージを負わない厄介な存在。ダメージを与えるにはそのクラウンソードで斬るしかないんだ。それが壊れる訳にはいかない。私も出来る限りのことをしよう。……【時間操作】!」
ケヴィンはマシューの持つクラウンソードを後ろ手でかざした。それだけで耐久性に不安が残る古いクラウンソードがみるみるうちに新しいものへと変わったのである。今やクラウンソードはまるで新品同様の輝きを放っていた。
「……やはり厄介な魔法だ。魔力の尽きぬ限り貴様はその魔法で何度でも戦うことが出来る。……くく、だが限界は近いか? そろそろ魔力が尽きるんじゃないか?」
そう言ってまた魔王は高笑いを上げた。なぜ魔王が高笑いを上げたか。それはマシューにも分かった。魔力を消費するケヴィンの体がまるで消えてしまうかのように光を透過し始めたからである。
今のケヴィンは実体ではなく思念体。思念体での行動が可能である程ケヴィンは膨大な魔力を持っているのだ。つまり言い換えれば、今ここにケヴィンが留まっていられるのもその膨大な魔力のおかげであり、魔力が失われればすぐにでも消えてしまうということである。
「父さん!」
「……そうだな。魔力はそろそろ尽きそうだ。……だがまだ消えはしない。出来るだけ足掻いてみせるさ」
「……ふ、どれだけ足掻いてもそこの勇者の剣が我に届くことはない。貴様は我に二度敗北を喫した愚かな勇者として語り継がれよう」
「……そんなこと、……させるものか。……お前は俺が倒す‼︎」
魔王は執拗にケヴィンを侮辱していた。それはケヴィンがこれから迎えるひとつの結末を予期したものであり、起こり得る現実である。それを阻止するにはマシューがクラウンソードで魔王を斬りつけるしかない。結局のところそれしか無いのだ。
「……その威勢だけは買ってやろう。貴様らのそのちっぽけな希望もろとも叩き潰す。……来い‼︎」
魔王は初めて腰にさげた剣を抜いた。その剣は刀身に闇を纏う妖剣であり、マシューは見たこともないその剣に一瞬だけ怯んだ。だがそれも一瞬だけ。一抹の不安を強引に振り払ってマシューはただ前へ突き進んだのだ。
まっすぐに突き進むマシュー。そしてそれを正面から迎え撃つ魔王。剣同士が激しくぶつかり合う音が何度も響いた。実力は拮抗しているように見える。……だがそれは見えるだけである。
剣の実力で言えば魔王は遥かに高みにいる。マシューの動きに合わせるように的確に剣撃を防ぎ回避しづらいタイミングで自分の剣撃を浴びせる。初撃でマシューの実力を悟った魔王はダメージを最も負いにくい手堅い作戦で徐々にマシューを消耗させるつもりのようだ。
しかし段々とその考えは狂っていく。僅かずつだがマシューの動きが早くなってきているのだ。徐々に受け流すのが厳しくなってきた魔王は一度距離をおき周囲の様子を伺った。そして見つけたのだ。後衛と判断し真っ先に叩いておいた男がこっそり杖を向けているのである。……なるほど【速度支援】をかけているようだ。それならば手堅くいくことは出来ない。
魔王は思い切り床を殴り抉った。抉ったガレキは当然マシューの目の前に弾ける。即席の目くらましであり、これでマシューの動きを牽制しようと言うのだ。
だがマシューはそんなものでは止まらない。瞬きすらせずマシューはそのままガレキごと魔王を斬りつけようとしたのだ。しかし僅かに届かずクラウンソードは虚しく空を斬った。
距離はもう肉薄している。だがその僅かな距離がマシューには詰められなかった。それでもなおマシューはクラウンソードを振り続けた。その気迫に魔王は一瞬気圧された。
「もう足掻くのは止めろ! 貴様の剣は我には届きはせん‼︎」
「やめない‼︎」
マシューはクラウンソードを大きく振りかぶった。当たれば大ダメージは免れない。魔王は慎重に剣筋を目で追った。この攻撃は確実に回避せねばならない。自分が逃げなければならないほどに追い込まれていることに魔王はちっとも気付いていなかった。
確実に回避するために魔王はギリギリのタイミングを見計らって斜め上空中へ飛んだ。これでマシューの攻撃は確実に回避出来るはずであった。
「……魔王を倒すことがマシューの役目なら、俺の役目はあいつの背中を押してやること。……そうなんだろ? アンガス」
レイモンドはそう呟き魔王が今にも空中に回避しようとしている瞬間に手に持つ魔水晶へ魔力を込めた。その手の中で青い魔水晶は淡い光を放っていた。