第33話 【暗号魔法】
読んでくださりありがとうございます。何とか状況を打破したいところですが……。
マシューは信じられないという表情で自分の手のひらを見つめた。さっきまで持っていたはずの聖剣クラウ・ソラスは影も形もない。【武器破壊】は一日に一度だけの制限があるものの、発動すれば相手の持つ任意の武器を破壊出来る超強力な魔法である。《七つの秘宝》である聖剣クラウ・ソラスはこうしてあえなく砕け散ったのだ。
「マシュー! まだ終わっちゃいない! まだ出来ることはあるはずだ!」
「ふむ、状況が理解出来ていないようだ。聖剣が砕け散った今貴様らに出来ることはただひとつ。……死を待つだけだ」
聖剣クラウ・ソラスは霊竜ウタカタの光の力が込められた数少ない武器である。光の力が無ければ目の前の魔王にダメージを与えることすら叶わない。言ってしまえば聖剣クラウ・ソラスは勇者が持つ最後の希望とも言うべきもの。……それが砕け散ったのだ。
「……いや、もうひとつあったな。我の力に怯え無様に撤退することだ。5年前に我に挑んだ惨めな勇者のように。貴様も無様に撤退するが良い。……死にたくなければな」
魔王は何もすることが出来ないマシューを嘲り高笑いを上げた。笑われるのは良い。自分が何もすることが出来ない無様な人間だということは分かっていた。それでもマシューは前を向いた。馬鹿にされたままでは終われないのだ。
「馬鹿にするな……。……撤退など出来るはずがない!」
「ほう、では死を待つと。……ふむ、あの惨めな勇者とは違いいくらか潔いようだ」
「父さんを侮辱するな……」
マシューは思わず口に出していた。それを聞いた魔王はまるで新しい玩具を見つけたかのように満面の笑みを浮かべたのだ。
「これは傑作だ。……あの惨めな勇者が父だと? 余程人間は人材に困っているらしい」
「父さんは惨めな勇者なんかじゃない。……父さんは俺にその役目を託してくれたんだ。俺の父さんは……時の勇者ケヴィン・アーノルドは最高の勇者なんだ!」
マシューは感情を爆発させるようにそう叫んだ。魔王はそれを聞いてさらに笑い、……そして真顔に戻ったのだ。いや、真顔と言うよりも何か訝しむような表情に見える。
「……なんだ。……何だその光は!」
マシューの収納袋から強い光が放たれている。何かの魔力反応のようだがその反応を示すものが何かが分からない。マシューは中にあるものを出鱈目に引っ張り出した。空き瓶や魔水晶が転がる。光っているのはこれではない。
そしてようやくマシューは光の正体をその手に掴んだ。なぜこれが今光っているのか分からない。無我夢中でマシューは手にしたそれを床に投げつけた。
「……【暗号魔法】?」
ニコラからそんな呟きが聞こえた。この強い光はどうやら【暗号魔法】のようだ。確かこの魔法はエルヴィスが習得したくてもとても無理だった魔法では無かっただろうか。そんな魔法が発動出来る人をマシューは誰も知らなかった。
地面に投げつけられた手紙は強い光を放ち消えた。そして手紙の代わりに男がひとり現れた。マシューは顔を見た訳ではない。だがその人物が誰であるかはすぐに分かった。間違えるはずがない。彼は自分の父なのだから。
「父さん! 父さん‼︎」
「ああ、マシューか。やはりこの【暗号魔法】を発動させるのは君だと思っていたよ」
そう言ってケヴィンは優しくマシューへ笑いかけた。かつて何度も何度も見たケヴィンの優しい笑顔である。嘘ではない。目の前にいるのは確かにマシューの父ケヴィンである。
厳密に言えばケヴィンは実体ではなく魔力と精神力を固めただけの思念体である。だがそんなことはマシューにとってどうでもよかった。久しぶりに会えた父の姿にマシューはまるで小さな子どものように無邪気に笑っていた。
「さて、昔話をしたいところだけど……まず決着をつけないとね。……そうだろう?」
「……時の勇者か。まさかまた会うことになるとはな」
「……言っただろう? 帰ってくると」
「……だが貴様は魔力を失ったはずでは」
「一部を残してね。自分の息子が勇者となって戦うんだ。手助けしてやりたいってのが親心だろう?」
思いがけぬ時の勇者の復活にさすがの魔王も焦りの表情である。相手をするのは勇者2人。ケヴィンの武器次第では形成が完全にひっくり返ってしまう。魔王はケヴィンが何の武器を持っているのかを注意深く観察し、笑みを浮かべた。
「……貴様の武器は……その杖か?」
「そうだね。……私にはやはり剣よりも杖の方が似合う」
「ふははっ! 血迷ったか! まさか光の力を置いてくるとはな。貴様の持つ古い剣はどうした! 聖剣無き今それが無ければ我に傷ひとつつけられんぞ!」
平静を取り戻した魔王は再び高笑いを上げた。勝利を確信したのだろう。ケヴィンの持っていた武器には光の力は無かった。ただの魔法の杖であり、到底形勢をひっくり返すような代物ではない。
……だがケヴィンは一切焦らない。自分が形勢をひっくり返すとは思っていないからだ。ケヴィンは自分の後ろにいるマシューを心から信頼していた。マシューならこの状況をひっくり返せるはずだと心から信頼していたのだ。
「……古い剣。……古い剣」
マシューの頭に魔王のその言葉が引っかかっていた。記憶の中の聖剣クラウ・ソラスは決して古い剣では無かった。つまり聖剣クラウ・ソラスではない光の力を持つ武器はまだ壊れずに存在しているのだ。
「……あ」
思わずそんな声が漏れた。古い剣ならばひとつ心当たりがある。骨董品とも思われるほど古く、なぜかアンガスや武器屋のライアンが反応を示したその剣はマシューの収納袋に丁寧に仕舞い込まれている。マシューは収納袋に手を突っ込み、クラウンソードを引っ張り出した。