第30話 全てが繋がった
読んでくださりありがとうございます。ケヴィンにはまだ秘密があるようです。
「……それはどういう意味だ?」
「そのままの意味だ。勇者が敗れることはそれすなわち光の力を奪われることと同義。今から5年前時の勇者はこの聖剣クラウ・ソラスを手にし魔王に挑み、そして敗れた」
やはり時の勇者が魔王へと戦いを挑んだのは5年前のことのようだ。そして敗れたこともまた事実のようだ。突然消息を絶ったというのは恐らく魔王に敗れたからに違いない。……では3年前に聖騎士によって殺されたあの父さんは何者だったのだろうか。その疑問を口にしようとしてマシューは口をつぐんだ。ウタカタの話はまだ続いていたからだ。
「本来であればそこで光の力は失われてしまう。魔王は光の力をさらに取り込みより支配力を強める。……そのはずであった。しかし、そなたの父ケヴィン・アーノルドは違ったのだ。彼は敗北し絶命する直前に固有の魔法である【時間操作】を暴発させたのだ。それにより世界の時間は10年間前に戻された。……彼の全ての魔力を犠牲にして」
「……ちょっと待ってくれ。……時間を戻した? そんなこと可能なのか?」
「何も不可能なことではない。【時間操作】は対象の時間を魔力がある限り自由に戻したり進めたり出来る魔法。時の賢者とも言われた彼ならば全ての魔力を使えば世界の時間を戻すことも可能である」
エルヴィスは信じられないと言いたげな表情である。魔法に精通する彼はウタカタの言うことがどれほど凄まじいことなのかを理解しているのだ。世界に干渉するほどの規模の魔法が発動出来るとはいったいどれほどの魔力が必要なのだろうか。
「……全ての魔力を犠牲にすれば人はどうなるんだ?」
マシューはウタカタをまっすぐ見つめている。マシューはウタカタの言葉を聞いたその瞬間から頭の中である仮説を組み立ていた。もしその仮説が当たっているのであればマシューの中で全てが繋がるのだ。
「……そもそもそうなった人間の数が少ない故に、断定することは出来ない。が、それをそなたは知りたいのだろう? 私の知る限り、そうなった人間は魔力を失った反動で著しく身体能力が減退するだろう。日常生活も困難な程にな」
身体能力が日常生活が困難な程に著しく減退する。言葉で言われてもその実態は中々把握することは出来ない。……だが、マシューは簡単にそれが把握出来た。そんな人物を身近で見てきたからだ。
記憶の中の父はまさしくその姿であった。そして【時間操作】で遡った時間は今から数えて15年前。ちょうどマシューが生まれた頃と重なる。
記憶の中の父も皆が時の勇者であると称えるケヴィン・アーノルドも同じ人物だったのである。彼は自分の魔力を全て犠牲にして魔王に光の力が渡るのを阻んだのだ。そして次の勇者にその役目を果たしたのだ。
そしてその役目は今他でもないマシューへと受け継がれてきたのだ。
「……なあ、レイモンド」
「何だ?」
「……全部、繋がったよ。やはり俺の父さんは間違いなく時の勇者だったんだ」
「……そうだな」
「俺の父さんの使命は、時の勇者として魔王を破ること。……そしてその使命は俺に託された」
マシューはゆっくりと前に歩き始めた。背筋の伸びたその背中は覚悟の決まった勇者にふさわしいものである。覚悟を決めた男の向かう先はひとつしか無い。
「父さんに果たせなかった使命は俺が果たす! そのためにここまでやってきたんだ!」
マシューは力強くそう誓い、聖剣クラウ・ソラスを力いっぱい引き抜いた。今、この瞬間をもってマシューは勇者候補から正真正銘の勇者となったのだ。
聖剣クラウ・ソラスはずしりと重く、その重みは勇者である故の重圧のように感じられる。だがマシューはその重みが全く苦では無かった。どこからか父がマシューを支えているかのように、今のマシューには力が溢れているのだ。そんな重みなど些末なことである。
「……覚悟は決まったようだな。そんなそなたにこれを授けよう」
マシューの目の前に一冊の本が浮かんでいる。見たことも無い色合いのそれをマシューはゆっくりと手に取った。まるで昔から持っていたかのようにその本は手に馴染んだ。
「……これは?」
「それは固有魔法が記されている本。勇者になったものにだけ授けられる不思議なもの。……読んでみると良い」
マシューはゆっくりとその本を開いた。開いたのは最初の1ページ目である。それは最初の1ページにはいつもの文言が書かれているだろうと思っての行動である。しかしそこにはいつもの文言は記されておらず、代わりにたった2文字【信頼】と記されていた。そしてその文字を視認したマシューの頭にその2文字が吸い込まれた。
こうしてマシューに固有の魔法である【信頼】が刻まれたのだ。
「……これで私の出来る全ての準備は整った。ここにある【転移】の魔水晶に触れれば魔王の棲む深淵城へと転移することが出来る。……覚悟が決まれば進むが良い」