第29話 二体の霊竜
読んでくださりありがとうございます。ついに霊竜ウタカタと対面しました。
「……霊竜……ウタカタ」
「左様。私こそが霊竜ウタカタである。魔王に対抗し得る勇者を誘うためだけの存在。それが私だ」
「……魔王に対抗し得る? それにあの場所とは何の話だ?」
「……本来ならば人間が聞くことの無い歴史の話だ。だが、そなたは勇者候補である身。話しても問題は無いだろう」
そう言って優しげな微笑みを浮かべた霊竜ウカタカは静かに語り始めた。それはマシューたちが知らない古い歴史の話であった。
「世界にはいくつかの霊獣が存在している。霊鳥イナズマ、霊亀ホムラ、そして私霊竜ウタカタ。この三種の霊獣がこの世界で存在を知られた存在となっている。……だがかつて霊獣はもう一種、同じく霊竜であるコダマが存在していたのだ」
「霊竜……コダマ?」
聞き慣れぬその言葉にマシューは思わずそう聞き返していた。その存在も名前すらも知らぬ霊獣。いったいどのような存在なのか気になるところである。それに存在していたと過去形であるのも少し引っかかっていた。
「そうだ。表の世界には私が、裏の世界にはコダマが。それぞれの世界を干渉しないようにして均衡を保っていたのだ。……魔王が現れるその時までは。ここからはそなたたちも知っているやもしれん」
「……初代魔王があなたの魔力を奪って増幅させ、ついにあなたを打ち破って世界を支配し始めた」
「ふむ、やはり少し異なって伝わっているらしい。そもそも私は奴に魔力は奪われてはおらん。奪われたのは私の持つ光の力なのだ」
「……光の力?」
「左様。光と闇は表裏一体。コダマの持つ闇の力に対抗できるのは私の持つ光の力だけ。奴はそれに目をつけたのだ」
最初マシューたちは誰もウタカタの言う意味が掴めなかった。その意味を掴むためにマシューは必死に記憶を辿った。
そしてかつてルシャブランの王であったオースティンが言っていたことを思い出したのだ。あの時オースティンは確か初代魔王はウタカタの魔力のおよそ2割を取り込み野心でそれを増幅させてウタカタを撃ち破ってしまったと言っていた。
しかしマシューはあの時少し引っかかりを覚えていたのだ。ウタカタの力を取り込めば確かに能力は跳ね上がるのかもしれないが、それだけでウタカタに対して勝てるようになるのは少しあり得そうにない話なのだ。
だが、その取り込んだ魔力が実はウタカタの言う光の力だとしたら。そして野心で増幅させたことが光の力を使って闇の力を持つ霊竜コダマに挑むことだとすれば。話は大きく変わってくるのである。
「……取り込んだ光の力で霊竜コダマを打ち破った?」
「……そうだ。そもそも何の力も無い状態で私から光の力を一部取り込めたのだ。2割というやや心許ない量であっても奴にとってはそれで充分であり、霊竜コダマは討ち取られ奴は闇の力を完全に取り込んだ。……そうなれば私は奴に対抗することができない。こうして奴はこの世界で唯一光と闇の両方の力を持つ魔王として君臨し、表と裏の世界を混ぜ込んだ。そうして出来上がったのが今も続くこの世界だ」
ウタカタのその説明はマシューにも納得出来るものであった。そしてそれと同時にマシューは先程の魔王に対抗し得る勇者という言葉を少しだけ理解したのだ。光と闇の力を持つ魔王に対抗するにはどうすればいいか。その答えが勇者にはあるのである。
「私が完全に敗れ去れば魔王に対抗し得るものはいなくなってしまう。奴が戻る前に私は自分の力を一部封印し、光の力を一部の武器へ込めた。そのうちのひとつがここにある。聖剣クラウ・ソラス。魔王に対抗し得る武器として私が守って来た光の力だ」
なるほど、どうやら霊亀ウタカタは魔王に封印された訳では無いらしい。魔王に敗北してしまった場合の保険として一部の力を封印しておいたようだ。そしてその保険によって魔王の支配は完全にならずに今まで時間が流れてきたようだ。
「……この聖剣クラウ・ソラスを手に入れればそなたは勇者として魔王と戦えるだけの資格を得る。そして同時に負けることの許されない戦いを強いられることになる。……その覚悟があるのならこの剣を手に取るが良い」
そう言うとウタカタは試練の台座の横に降り立った。これで台座を貫く聖剣クラウ・ソラスの上には何も無いことになり、引き抜くことが可能となる。そして引き抜くことの意味を知ったマシューは少し躊躇していた。
これを手に取るにはまだ知りたいことがあるのだ。
「……この剣を手に入れたものが勇者となるのか?」
「そうだ」
「それなら、時の勇者……俺の父さんもまたこの剣を手に取ったと?」
「……そうだ。そなたの父ケヴィンは確かにここで聖剣クラウ・ソラスを手に取り、ケヴィン・アーノルドとして時の勇者となった」
霊竜ウタカタの低い声が響き渡る。その声色には一切の偽りは感じられない。やはりマシューの父ケヴィンは時の勇者であったのだ。マシューはウタカタの瞳をまっすぐに見つめ、そして収納袋から手紙を取り出しそこに視線を落とした。今ならばこの手紙に書かれた内容も理解出来る。
「……俺の父さんの言う使命は勇者として魔王を倒すことだったのだろう。……そして敗れた訳だな」
「……そなたの父は敗れはしたものの、決して負けてはいない」
思いがけぬその言葉にマシューは思わず顔を上げた。敗れはしたものの負けていないとはどういう意味だろうか。