第26話 古代文字
読んでくださりありがとうございます。何やら手掛かりが見つかったようです。
マシューは壁に向けて明かりを近づけている。そうすることで壁に刻まれた文字が見えやすくなるのだ。マシューはそこに何が書かれているのか分からないが、きっと何か重要な手がかりになるに違いない。
「……これはイーロ文字だな」
「イーロ文字?」
「ああ、かなり前の時代に使われていたとされる文字だ。刻まれている場所から考えれば、かなり重要なことが書いてありそうな雰囲気を感じる。……読むことが出来るなら相当重要な手がかりになるだろう」
一瞬期待したマシューはがっくりと肩を落とした。読むことが出来るならばそんな言い方にはならない。ニコラは刻まれた文字の種類を知っているだけで、読むことは出来ないらしい。
「……つまりニコラは読めないってことだな」
「すまない。……イーロ文字はかなり古い時代の文字だ。それ自体に興味を持っている者でも無い限り解読はかなり難しいだろう。それについての専門書があれば話は変わってくるが……」
「それを手に入れるためには帝都へ帰る必要がある?」
マシューのその言葉にニコラは静かに頷いた。それを見たマシューとレイモンドはかなり渋い表情である。騎士団長を破ったとはいえマシューたちは未だ聖騎士に指名手配されている身である。再び帝都へ戻り書庫で目的の本を探すことは不可能と考えた方が良いだろう。
渋い表情をしながらマシューはエルヴィスとエレナの様子を伺った。エルヴィスはマシューの視線に気が付き降参と言いたげに手を挙げてみせた。そしてエレナはじっと壁を見つめたまま何の反応も示さなかった。
「……エレナ?」
エレナは何も答えずにマシューの言葉を右手で遮った。どうやら気付いていない訳では無いようだ。壁を見つめるその目は真剣なものであり、エレナは壁に刻まれた文字から何かを読み取ろうとしているのではないか。そんな風にマシューには見えたのだ。
「……フエノネハ……」
「⁉︎ エレナ! まさか君これが読めるのかい⁈」
エレナの意味ありげなその呟きに真横にいたエルヴィスは期待と驚きの混じった声をあげた。マシューはその前からエレナの様子を見ていた故に何となくその予感はあったが、何も気付いていないならばその驚きも致し方ない。しかしその声はエレナにとっては邪魔でしかない。
「静かにして。まだ全部は読めてないの」
「……すみません」
「……ええと、『フエノネハセイギヘツウズルミチトナル』かな? あまり自信は無いけど、多分そう書いてあると思うよ」
自信が無いというのははただの謙遜である。解読を終えたエレナの表情は納得した表情であり、解読結果に対する自信の表れである。しかしなぜエレナはこの文字が解読出来たのだろうか。
「……イーロ文字を知っているのかい?」
「私のパパはかなりの古文書好きで小さい頃よくこんな文字を見せられたのよ。どの文字がどの文字と対応しているかもそれはもう丁寧に教え込まれたからある程度は読むことが出来るわ」
エレナの父というと時の勇者の仲間である騎士マルクである。エレナの話を聞きながらマシューは以前戦ったマルクのことを思い出していた。見た目からは想像できない意外な趣味だが、それにより幸運にも手がかりを掴めそうである。
「『笛の音は正義へ通ずる道となる』。……つまりここで天空の竜笛を吹けば、《正義》の象徴への道が通じるということか?」
「やってみる価値はある」
マシューは手に持つ明かりをレイモンドへ手渡し天空の竜笛を唇に添わせた。ひとつ深呼吸をして、マシューは吹き口へ息を吹き込んだ。
力強い音色が周囲に響き渡る。何も考えずに心の赴くまま指を走らせただけに過ぎないはずだが、不思議とその音色はレイモンドには何かの旋律のように美しく聞こえたのだ。
「……どうやら価値はあったようだな」
天空の竜笛を吹き終わりマシューは目の前のかつて壁があった場所を見ていた。刻まれた文字のすぐ横が崩れ落ち、その奥にある小さな空間が見えるようになった。そしてその小さな空間には小さな台座がありその上に青い魔水晶が乗せられていた。
「……【転移】だな。そして転移先は……」
「霊竜ウタカタの棲む城で間違いない。その場所に《正義》の象徴があるはずだ」
この先に最後の《七つの秘宝》がある。そう思うとマシューは感慨深いものを感じていた。
自分の父は勇者である。そのことをマシューはまだ完全には受け入れられていない。霊竜ウタカタに会えばその謎もきっと解けるだろう。
マシューは深く息を吐き、【転移】の魔水晶に触れた。【転移】特有の浮遊感を感じながらマシューは浮遊城へと転移された。