第21話 テーベへ行くために
読んでくださりありがとうございます。ニコラには何か考えがあるようです。
マシューとレイモンドは顔を見合わせて首を傾げた。屋上に何の用があるのだろうか。振り返ってエルヴィスたちを見ても答えは得られなかった。いったいなぜニコラは屋上へ行こうとしているのだろうか。
そしてそんなことを考えている間にもニコラは階段へたどり着き既に登り始めていた。どうやらついて行くしか無いようである。マシューたちは急いでニコラの後を追って階段を登った。
書庫は帝都で二番目に大きな建物である。それ故にその屋上もかなり広く屋上庭園として広く一般に開放されているのだ。もっとも今は利用する者はおらず、ただ広い庭園が広がっているだけであったが。
「ニコラ、こんなところにいったい何の用があるんだい? 今から俺たちはテーベに行くんだろう?」
「そうだ。だからこそここへやって来たのさ」
ニコラはそれが当然だと言いたげな表情である。しかし何のことを言っているか分からない4人からすればその答えは意味不明である。困惑した顔の4人に説明する代わりにニコラは自分の収納袋からあるものを取り出したのだ。それはマシューたちが知っているものによく似ていた。
「……飛行手形?」
「ああ、そうだ。警護が厳しい帝都から何事もなく出るのは難しいだろう。そこで……だ。これを使って空からテーベへ向かおうという訳だ」
ニコラが取り出したのは一枚の飛行手形である。水色の翼が彫られたそれはアクィラ飛行部隊を呼ぶために使うものである。ただ、ニコラの見せるそれはマシューが持っているものとも、レイモンドら3人が持っているものとも少し違っていた。
「……飛行手形なら俺たちも持っているが、ちょっと違うように見えるのは気のせいか?」
「なるほど、君たちも持っていたか。……これは通常のゴンドラ付き、マシューのは……1人用か。……あれの飛行手形を持っているということは利用したことがあるのかい?」
「……まあ」
「それはすごいな。流石の私もあれは乗れなかった。あんなものいくら命があっても足りない。……ふふ、さすがは勇者候補か」
ニコラは飛行手形を見るだけでそれらの違いが見分けられるようだ。そしてニコラの持つものが少し違うことから考えるにその飛行手形はマシューの持つ1人用ともレイモンドたちの持つゴンドラ付きのものでも無いようだ。
「……それでそれはこれとどう違うんだ?」
「一言で言えば、セキュリティが違う。……まあ、呼んで見てみればすぐに分かるだろう」
そう言うとニコラは飛行手形に魔力を込めて高く掲げた。するとどこからともなく二羽の犬鷲が重そうなゴンドラと共に羽ばたいて来たのである。相当な重量のようで屋上に置く時に重量感のある音が辺りに響き渡った。
「ニコラ様ご無沙汰しております」
「ここからこの5人全員で移動したい。……頼めるかい?」
「もちろんでございます。あなた様の頼みであれば我々はいつでも参上いたします」
「……ええと、これは?」
「これは移動のためのゴンドラだよ。……ただしレイモンドたちが使ったものとは少し異なる。まあ、乗れば分かるだろう」
そう言うとニコラはゴンドラの扉を開けて乗り込んだ。マシューたちもそれに続いて乗り込む。ゴンドラの内装は中心に魔水晶が置かれ、その周囲に座る場所が設けられていた。そのスペースはかなり広く5人乗ってもなお余裕があった。
そのスペースの広さは目を向くが、ニコラの言う乗れば分かると言うものは恐らくこの魔水晶だろう。だがそれを見ただけでは何の魔水晶かは判別出来なかった。
「ニコラ様、どちらまで行かれますか?」
「テーベへ頼む」
「かしこまりました」
そう言うと二羽の犬鷲は高く飛び上がるために翼をはためかせ始めた。ゴンドラ自体も重く、それに加えマシューたち5人が乗っているためにそのゴンドラは相当な重量のはずである。だが、彼らのはばたきはそれを感じさせないほど力強く。屋上の地面からゴンドラが離れた。そしてその瞬間から中心にある魔水晶が仄かに赤く輝き始めた。
「……何の魔法が発動しているんだろう」
「【認識阻害】だよ。……かなり微弱ではあるけどね」
ニコラのその言葉にマシューはようやく納得したのである。セキュリティが違うと言ったのもその理由からだろう。
そもそもアクィラ飛行部隊はあまり利用する者もおらず限られた移動手段である。それ故に利用している者がいればかなり目立つのである。つまり言ってしまえばアクィラ飛行部隊はセキュリティからもっとも無縁な移動手段なのだ。
にも関わらずニコラがこの方法での移動を決行したのはこの【認識阻害】の魔水晶故である。【認識阻害】を発動しながら移動することで監視の目をかいくぐって移動してしまおうという訳だ。これなら普通に移動するよりもはるかに気付かれることなく移動出来るだろう。
「……テーベに着いたら君の家の地下室とやらを見せてもらってもいいかい?」
「……地下室を?」
「ああ、一応確認しておきたい」
何か気になることでもあるのだろうか、ニコラは神妙な顔をしていた。何を気になっているのか気になるところだがその詳細についてここで話すつもりは無いらしい。ゴンドラは帝都を越え、闘猿の森へと差し掛かっていた。テーベはもうすぐである。