第19話 並べればよく分かる
読んでくださりありがとうございます。天空の竜笛は目の前です。
そう言ってアンガスは安堵の笑みを浮かべていた。アンガスからすれば自分が事切れることよりもそれによってマシューたちに起こることの方が大事なようだ。それだけ自分たちのことを考えてくれているのは嬉しいが、もっと自分を大切にしてほしいともマシューは思ったのである。
「さ、天空の竜笛を取ってきなよ。私はここで待っているからさ」
そう促されマシューは一歩前に進んだ。もう天空の竜笛は目の前である。マシューは目の前に見える天空の竜笛に手を伸ばした。
「……これが、天空の竜笛か」
手に取ったそれは思ったよりも重く、独特の重量感をマシューに与えていた。落としてしまわないようマシューは丁寧にその横笛を収納袋に仕舞い込んだ。
「さ、……戻ろうか」
マシューはそれに頷きレイモンドたちの元へ戻るために階段をゆっくりと降りた。その間一言も言葉を交わさなかった。マシューは天空の竜笛が手に入ったことを嬉しく思い微笑みを浮かべ、アンガスはなぜか少し険しい表情を浮かべていたのだ。
「……お、戻ったか」
天空の竜笛を手に入れて戻ってきたマシューたちにニコラはすぐに気が付き顔を上げた。マシューとアンガスが取りに行っている間何かを話し込んでいたらしくその中心には誰かの収納袋が置かれていた。
「……何か話していたのか?」
「ああ、待っている間に本物を見ていたのさ」
レイモンドは少し興奮しているようだ。よく見ると彼の手の中から宝石のようなきらめきが見える。……なるほど、本物というのは《希望》の象徴虹色の紋章のことのようだ。
「マシュー、私は本物でない方を見ていなくてね。ちょっと見せてくれるかい?」
「ちょっと待ってくれ。……これか」
「ありがとう。レイモンド、君は手に持っているそれをここに置いてくれ。一度比較してみたい」
「ああ。……俺は両方とも見たからな。違いは歴然だった」
「……なるほど、こうして見ると違いは一目で分かるな」
マシューから偽物の虹色の紋章を受け取るとニコラはそれを床に置き、レイモンドもまた手の中にある虹色の紋章をその横に置いた。マシューが持っていたものはそれ単体で見れば虹色の紋章と勘違いしてもおかしくないほどのクオリティである。実際マシューたちはそれを虹色の紋章だと信じて疑わなかった。
だが本物の虹色の紋章と並べてみるとその違いは明白である。パライバトルマリン。その色は強いて一つに決めるのならば相当綺麗な海の色と言ったところか。もっともマシューの記憶にある海はこれほど綺麗ではなく、その表現が正しいかどうかは自信が無かった。
「だが、確かにもう一つの方も間違いなく綺麗に見える。アンガスがこれを本物と勘違いしたのも無理はない。こちらを見てなければもう一つの方だって間違いなく綺麗な宝石なのだからね」
ニコラは優しい微笑みを浮かべてそう言った。その言葉からはニコラの優しさが感じられる。彼は偽物を本物と勘違いし偽物の虹色の紋章をマシューへ託してしまったアンガスを庇っているのだ。
「庇うのはよせ。どれだけ理由を挙げようとも私が勘違いしたという事実は変わらない。……申し訳無かった」
「いいよいいよ、頭なんて下げなくてもさ。俺だってあの時分からずに受け取ったんだからさ、おあいこだって。なぁ、マシュー?」
ニコラは勘違いしてしまったアンガスを庇い、アンガスは自分のしたことを重く感じ頭を下げている。そしてそんなアンガスを自分だってその責任があるとレイモンドが庇っている。なんだかその光景はとても微笑ましいものにマシューには思えたのだ。
「俺は何も気にしてないよ。こうして本物の虹色の紋章が手に入ったことだしね」
「確かにそうだ。これで後はテーベにある象徴を探すだけだな」
「……なぜ象徴がテーベにあると言い切れるんだ? それにもうそこまで象徴は集まっているのか?」
レイモンドの言葉にそう疑問を発したのはニコラである。そう言えばニコラはマシューたちが今どれだけの《七つの秘宝》を手に入れているかを知らないのだ。
「そうか、ニコラは地図を知らなかったか」
「地図?」
「《七つの秘宝》がどこにあるのかを教えてくれた地図のことだよ」
そう言うとマシューは収納袋に手を入れて中から古びた地図を取り出した。ニコラはそれを受け取ると注意深く隅々まで見始めた。時折裏返すのは恐らく裏面の署名を見るためだろう。だがこの地図は帝都で管轄しているものではない故に署名は何も書かれていないのである。
「……この地図、どこで見つけたんだい?」
「どこで? ……家の地下室だけど」
「……ふむ、それで今どこまで集まっているんだい?」
ニコラはどこまで集まっているのかがかなり気になるようだ。その質問はこの短時間に2度目である。その質問に答えるためにマシューは実物をそれぞれ出し始めた。数で答えても何の問題も無かったのにマシューがそうしたのは、以前手に入れた《希望》の象徴が偽物だったことから実物を一度見てもらいたかったからに他ならない。