第18話 天空の竜笛はいずこ
読んでくださりありがとうございます。まだこの空間には秘密があるようです。
マシューはアンガスの言葉を聞きながらガブリエルのことを思い出していた。どの場面を思い出してみてもとてもその年齢が90近いとは思えない。【時間操作】によって全盛期の頃に若返っていた。それは考え得る限り最も思い浮かばない理由だが、塵となって消えたガブリエルを見るとその理由は間違いではなく思えるのだ。
「……それで、君たちはなぜこんな場所へ?」
「天空の竜笛を探すためさ。どうやらそれが無いと先に進めないらしくてね」
「あぁ、なるほど。それでこんな場所へ来たのか。……マシュー、ちょっとついて来なよ」
アンガスはそう呟いたかと思うと徐に立ち上がった。そして自分がつい先程まで磔にされていた壁へゆっくりと歩き始めた。マシューは少し戸惑いながらも立ち上がってアンガスの後を追った。静かな空間に足音だけが響いていた。
「……この場所は書庫の閉架スペースの地下にあたる場所。言ってしまえば書庫唯一の地下空間なんだ」
「……それがどうかしたのか?」
「だけどこの空間には一箇所だけ高さで言うと地上にあたる場所がある。この地下室で最も高く、そして帝都の地上に限りなく近い位置にひっそりとそれは隠されている」
数段の階段を登り祭壇を目の前にしてアンガスはそう言った。アンガスの言うそれが天空の竜笛であることは言葉にせずとも何となく感じられた。
「どこにあると思う?」
アンガスは振り返るとそう言って微笑んだ。どうやらアンガスは天空の竜笛がどこにあるのかを知っているようだ。アンガスの話を聞く限り天空の竜笛がある場所はこの空間で最も高い場所にあるようだ。見る限り一番高い場所は祭壇にある台座の上だろう。この場所は《希望》の象徴虹色の紋章が置かれていた場所である。そしてそれは今ここに無く台座の上には何も乗っていないのだ。
「……ここではないのか」
「ああ、台座の上にはもう何も無いよ」
「……台座の上ではなく、高い場所……」
マシューは台座から目を離した。近くにあるもので台座よりも高い場所にあるものを探すためマシューは辺りを見渡し始めた。……だが、そう簡単には見つからない。
本当にこの場所に天空の竜笛はあるのだろうか。そんなことまで考え始めたマシューはふとある一点を見つめた。何気ないただの装飾にも見えるがその部分は何故だかマシューの目に止まったのだ。
「……まだ続きがあるのか?」
「よく気付いたね。……そう、その通り。この壁は元々存在しない。言ってしまえばガブリエルが作った巧妙な罠なのさ」
アンガスは満足そうに笑うと祭壇の後ろの壁へゆっくりと近づいた。アンガスが受けていた拷問の跡がまだ痛々しく残っているその壁を彼は思い切り蹴飛ばした。かなり薄く作られたその壁はそれだけで崩壊し、隠されていた奥の空間がマシューにも見えるようになった。
そしてその空間に見える数段の階段を登った先に古い横笛が見える。あれこそが天空の竜笛で間違いない。
「……あれがそうなのか?」
「ああ、そうだ。天空の竜笛。あれを使えば霊竜ウタカタの棲む城へ行くことが出来る」
マシューはさらに続く階段へ足をかけた。アンガスの話もありマシューはその一段一段にどことなく重みを感じていた。この空間で最も高く限りなく地上に近い場所。とうとうマシューはそこまでたどり着いたのだ。
「……もし、君たちが来るのがもう少し遅く私が事切れていたならばガブリエルは《希望》の象徴を持ちここを後にしていた。……この意味が分かるかい?」
「……いや、分からないな」
「では言い方を変えよう。象徴があるはずの空間に私の死体が有って象徴は影も形もなければ、……君たちはどうする?」
そう言いながらアンガスは優しい眼差しでマシューを見ていた。その眼差しを見ながらマシューは彼の言う意味を考えていた。アンガスが言いたいことは恐らく作られた壁にアンガスの死体が磔にされていればマシューたちはどうするかということであろう。
「……象徴は無くて台座だけあるってことだよね? それにアンガスの死体だけがある。……どうだろう、とても想像がつかないな」
「……もうここには何も無いと思って帰ろうとはしないかい?」
その言葉にハッとしてマシューはアンガスの顔を見た。想像がつかないだけに断定は出来ないが、恐らくマシューたちはアンガスの死体を見て嘆きそしてこの場を後にする可能性は高い。
この場所に天空の竜笛があることが分かっていたためにマシューはこの壁に続きがあることに気付けた。その確証が無い状態ならばきっと気付いていないだろう。そしてこの場所には天空の竜笛は無かったとだけ頭にインプットされるのだ。そうなればマシューたちは決して天空の竜笛を手に入れることが出来ないだろう。
「……ガブリエルがこの場所に壁を作り、私を磔にしたのはそれが目的だよ。例え虹色の紋章を手に入れたとしても霊竜ウタカタの棲む城にたどり着くことは決して叶わない。……間に合って良かった」