第16話 運命を受け入れる
読んでくださりありがとうございます。レイモンドは何を狙っているのでしょうか。
「虹色の紋章が狙いでは無い⁈ ……ならばその狙いは!」
ガブリエルはようやくレイモンドの狙いに気がついたようだ。だが既にニコラは階段を全て駆け上がり磔にされていたアンガスを救出したのである。そして殆ど気を失っていたアンガスはニコラの【大回復】によってなんとか意識を取り戻したのである。
「……なるほど、勝てそうにも無いと悟るや加勢を求めた訳か。手としては悪くないが、復活させたのはあの裏切り者だけ。……あんな者が加勢したところで何の変わりにもならんな」
ガブリエルは再び下卑た笑みを浮かべ始めた。レイモンドによって少しばかり焦りは見られたが、まだまだ余裕の表情である。アンガスが復活しただけでは戦局は変わらない。そう考えているのだ。
「そんなことは無い! 俺だっているんだ!」
レイモンドの後ろからマシューがウェイトソードを振りかぶりガブリエルへ飛びかかった。ガブリエルは右手に剣を、そして左手に虹色の紋章を持っている。そして剣はレイモンドと押し合っているため両手が塞がっていると言ってもいい。アンガス復活によって作った流れを手放すものかとマシューは特攻を仕掛けたのだ。
しかしガブリエルは冷静に後ろへ下がることでマシューの攻撃を回避し体勢を元へ戻した。マシューの目の前には剣を構えるガブリエルが立っている。畳み掛けようとしたマシューだったがどうやら戦局は依然としてガブリエル有利に働いているようだ。
「……俺だっている……ねぇ。戦局を分析し後ろで反撃の機会をじっと待つ。……勇者候補らしい賢明な戦い方をすると感心していたんだが、偶然だったか。どうやら貴様はただの命知らずの無謀な若者のようだ。そんな人間はやはり真っ先に消しておくべきだ」
ガブリエルは剣を構えマシューをじっと睨みつけた。その目はマシューの顔を一切見ていない。ガブリエルが見ているのはマシューの心臓の場所ただひとつである。
「……違うな、真っ先に消しておくべきだったのはアンガスだよ」
マシューは自分の後ろからそんな声が聞こえた気がした。次の瞬間目の前で剣を構えていたはずのガブリエルの姿は忽然と消えたのだ。
目の前のガブリエルが何か魔法を使った訳ではない。背中に何かがかかる感触を感じたマシューは、ふとアンガスがこちらを視界に収めていることに気が付いたのだ。アンガスはこちらを見ながら荒い呼吸をしていた。
「……どういうことだ? 何故私が貫かれている? なぜ私は一切体を動かせない?」
「疑問は尽きないだろうな。……だがこの光景は現実だぜ? 凡夫と見下した男に体を貫かれる気分はどうだよ?」
いったい何が起こったのだろうか。つい先程までマシューの目の前にいて、今にもマシュー目掛けて攻撃を仕掛けようとしていたガブリエルは何故かマシューの後ろへいるのである。そしてその身体はレイモンドの握る剣によって貫かれていた。
マシューは後ろを振り返り、そしてまたすぐに前を向いた。アンガスのあの様子を見るに何か魔法を使ったのだろう。今マシューとアンガスは目が合っている。発動条件に対象を視界に収める必要のあるものとなればそれはもう一つしかない。
「……待て、その剣は確かアンガスが持っていた……」
「その通り。これはエンチャントソード。……アンガスから託されたものだ」
「【魔法付与】だと⁈ ならばこの剣に付与された魔法は⁉︎」
「【麻痺】、……そして【魔法解除】だ」
いつの間にかアンガスはニコラの近くからレイモンドの近くまで移動していた。再び【移動】を使ったらしい。体力も魔力も相当消耗しているはずだがアンガスはそんなことを欠片も感じさせなかった。
「……ガブリエル、あんたが勇者を望まないのも知っている。勇者となった者に待ち受ける運命を知ればそれは仕方ないのかもしれない。だがそれは勇者を目指さんとしている勇気ある者を妨げていい理由にはならない。……あんたはもう過去の人だ。大人しくその運命を受け入れるんだな」
「……アンガス、貴様! ……知っていたのか⁉︎」
「……」
アンガスは何も答えない。答える代わりにレイモンドの握るエンチャントソードの剣身にそっと手を触れた。注ぎ込まれた魔力により【魔法解除】が発動した。これによりアンガスの知る魔法が一つ解除される。
解除された魔法は【複製】。
元の魔法が解除されたことでそれにより発動していた魔法全てがその効果を失った。こうして神聖の騎士団長ガブリエル・クラークは塵となって消えたのである。装備していた武器や防具たちは行き場を失い地面へ落下した。重い、重い音が辺りに響き渡った。