第8話 決して捕まる訳にはいかない
読んでくださりありがとうございます。バーナードとポーラもマシューたちの助けに来てくれたようです。
「まさか緋熊亭の2人も来てくれたとは。……ん? と言うことは今からポーラさんの美味しい食事が食べられる?」
「まあ、そう言うことだ。ちなみにヴィクターもお前の助けをするために見張りを買って出てくれている」
「ヴィクターも助けに来てくれているのか。……本当にありがたい限りだ」
「……なんだか嬉しそうだな。俺を見た時以上に嬉しそうだ。……俺が来たのはそこまで嬉しくねぇってか?」
バーナードは少しむくれたようにおどけてみせた。もちろんマシューたちにとってバーナードが助けに来てくれたことは嬉しいことであり嬉しくない訳がない。ただあまりにたくさんの人が助けに来てくれたことで反応が鈍くなっているだけなのだ。
「まさか。バーナードも来てくれて嬉しいよ」
「なら良かった。……さ、飯の用意が出来た。ゆっくり食べな」
そう言うとバーナードは一度台所へ引っ込み、すぐにマシューたちの近くへやって来た。その手には丼があったのである。どうやらポーラとバーナードは親子丼を作っていたようだ。空腹なこともありわずかに数分足らずでマシューたちは出された親子丼を完食したのである。そしてその様子をポーラとバーナードはニコニコしながら見守っていたのだ。
「……ふぅ、やっぱり美味しいや」
「そう言っていただけると私としては嬉しいですね。……あなた方が神聖の騎士団に指名手配されているとヴィクターから聞いた時は本当にびっくりしましたよ」
空になった食器を下げ、しみじみと思い出すかのようにポーラはそう呟いた。その呟きでふとマシューは思い至るものがあった。そもそもマシューたちは何の為に指名手配をされているのだろう。そう言えば指名手配されている事実は知っていてもその訳を詳しく知らなかったのだ。
「……そう言えばそもそもの指名手配の理由は知らないな。ニコラ、俺たちにかけられた罪は何なんだ?」
「君たちの罪はデータベースの改竄と《希望》の象徴の略奪だな。一応公表されている資料にはそう記されている」
ニコラは澱みなくスラスラとマシューからの質問に答えた。なるほど、どうやらアンガスが自分の志のために行った下準備を全てマシューたちの仕業だと主張しているようだ。
確かに傭兵として参加したマシューたちは神聖の騎士団とは関係ない人であり、副団長であるアンガスがそれを行ったと言うよりもマシューたちがそれをやったと言う方が信憑性が高くなるだろう。
「だがこの手紙によれば、データベースの改竄も《希望》の象徴の略奪も、実際にそれを行動に移したのはアンガスであり君たちでは無い。言ってしまえばこの指名手配は神聖の騎士団の内輪揉めを罪もない人に被せた悪意あるものと言うことだ。決して捕まる訳にはいかない。……それに」
「……それに?」
「マシュー。君は今この瞬間において最も勇者に近い勇者候補だ。そして神聖の騎士団はこの指名手配を名目に合法的に君たちをこの世界から消すことが出来る。……少なくともマシューは捕まれば確実に殺されると思っておいてくれ」
ニコラは何でもないことのようなあっさりとした口調でそう言った。捕まれば殺される。簡単な構図だが理解しがたい事実である。
そして同時にマシューたちは撤退の途中でガブリエルを死なせてしまったことを思い出していた。あの時マシューたちは撤退出来ればそれで良く、彼を殺すつもりは全く無かったのだ。
だがガブリエルはマシューたちに帝都中の聖騎士から追われる恐怖を知るが良いと恨み言を言って自死したのである。それによってマシューたちはアンガスの志を果たすという背負うつもりの覚悟と騎士団長を殺したものという背負うつもりのない業を抱えることになったのだ。そしてその業は今マシューに重くのしかかっていた。
「状況はかなり苦しいが、こうして君たちの命は繋がりアンガスから私にバトンは託された。深緑の騎士団騎士団長の名をもって彼の志は決して消させないさ。……さ、作戦会議をしよう。君たちが危険と知りながら帝都へ帰ってきた理由は天空の竜笛を入手するため。……違うかい?」
「そう。ポールの話によればそれは絶対に必要なものらしい」
「君たちが全ての象徴を手に入れるつもりならば天空の竜笛の入手は避けて通れない。……だが、問題はその場所を誰も知らないと言うことだ」
やはりポールも言っていたように帝都のどこかにあるという天空の竜笛は入手する必要があるようだ。そしてその場所はニコラですら知らないと言う。
「そしてその上で聖騎士の警護の目を盗んで天空の竜笛がある場所へたどり着かなくてはならない。……ちょっとこれを見てくれ」
「……これは?」
ニコラは大きな紙を広げてテーブルに置いた。見たところそれは帝都の地図のようだが普段目にするものと違い何個かのブロックで色分けされていたのだ。
「これはエリックから提供された貴重な情報だよ。この紙には帝都の詳細な地図と聖騎士が警護をしている担当が記されている」
「なるほど、これを見れば少なくとも警護の目をかいくぐる道が分かると言うことか」
レイモンドは感心したようにそう呟いた。確かにこれを見れば聖騎士の警護を避けて天空の竜笛を探すことが出来そうである。……だが、地図を広げたニコラはレイモンドのその呟きに良い反応を返さなかった。
「そうとも言えるし、そうとも言えないな」