第4話 前を向くしか無い
読んでくださりありがとうございます。マシューは重圧に負けてしまいそうになっています。
聞こえて来たその声に思わずマシューは顔を上げた。その視線の先でレイモンドが微笑みを浮かべていた。
「……あの時?」
「あぁ、あの時さ。3年前、俺の爺ちゃんとお前の父ちゃんが聖騎士に殺されたあの日だよ。身近な人が死んだ時、お前はそうやってまた下を向くのか?」
「……」
「下を向いて何になる。……何にもならねぇ。いつまでもあの場所にい続けても何も変わらない。だから俺たちはあの場所を出た。……違うか?」
「……違わない」
「なら前を向け。……俺たちは前を向くしか無いんだ」
もうレイモンドは微笑みを浮かべてはいない。その表情は強く決意に溢れていた。その表情が重圧を感じているマシューを元気づけようとしたものであることはマシューも分かっている。
もうこれ以上身近な人が犠牲になるのは耐えがたい。だからと言ってその犠牲が全くの無駄になることはもっと耐えがたいのだ。前を向くしか無い。レイモンドの言う通りである。マシューはひとつ息を吐き、覚悟を決めた。
「ポール。……話を再開してくれ。俺たちは状況を整理する必要があるんだ。俺たちは今神聖の騎士団によって指名手配されているんだろう?」
「あぁ、その通りだ。恐らくだが帝都は今君たちを捕えるために厳重な警備が敷かれているはずだ。……そして君たちはこれから先、少なくとも一度帝都に帰る必要がある」
ポールは真面目な表情でそう言った。残念ながら帝都で厳重な警備が敷かれていることは現実のようである。……そしてマシューたちはどうやら帝都に帰らなければならない理由があるようだ。
「天空の竜笛を知っているかい?」
「天空の……竜笛?」
「あぁ、そうだ。霊竜ウタカタの棲む城へ行くにはある場所でそれを吹く必要があるとされている。そしてその場所には《正義》の象徴が眠っているとの言い伝えがある。故に象徴を集めるにはその天空の竜笛を手に入れる必要があるのだ」
《正義》の象徴。マシューたちが今まで手に入れた象徴は《幸運》、《知恵》、《勇気》、《自由》、そして《希望》である。当然だがそこに《正義》の象徴は無い。であれば天空の竜笛とやらを是が非でも手に入れる必要があるだろう。
「その天空の竜笛が……帝都にある?」
「その通り。……残念ながら場所までは分からないが、帝都のどこかに置かれていることは確かだ」
「……ちなみに、その天空の竜笛は何かの象徴だったりするのか?」
そう質問したのはレイモンドである。レイモンドはずっとマシューと一緒にいた故にマシューが手に入れた象徴を把握している。だからこそ他の象徴の情報も知りたいのだ。
「いや、残念ながら天空の竜笛は象徴ではない。ただ霊竜の棲む城までの鍵となるだけにすぎない」
「そうだろうね。そうじゃないと計算が合わない」
「計算が? マシュー、それはいったいどういう意味だ?」
「帝都にもう象徴は無いだろうという計算だよ。ほら、これを見てよ」
そう言いながらマシューは自分の収納袋に手を入れて古びた地図を取り出した。マシューたちの故郷テーベを中心に描かれたその地図には七カ所バツ印が記されている。そこにはそれぞれに象徴があると言うのがマシューたちの考えである。
「……この地図がどうかしたのか?」
「手に入れた象徴は虹色の紋章を含めて5つ。そのうち四カ所でそれぞれ対応したバツ印から手に入れることが出来た。残りの2つは手に入れていない三カ所から手に入るのだろう」
確かにマシューの言っていることは筋が通っているように聞こえる。古びた地図に記された残りのバツ印は三カ所。帝都、テーベ、そして上空である。
「俺たちは故郷で象徴は手に入れていない。恐らくだが残る象徴があるのはあの田舎町のどこかだよ」
「……そう言うがよ、同じように帝都にもバツ印があるぜ? それはどう説明するんだ?」
レイモンドは口をとがらせて反論して来た。その表情は少し不貞腐れたものであり、自分の考えは半分諦めているように見えた。そんなレイモンドを見ながらマシューは少し笑ったのである。
「確かに帝都にもバツ印はあるがこれは多分《希望》の象徴の虹色の紋章の場所のことだろう。虹色の紋章は元ある場所には無かったんだ。動かされる前には多分帝都にあったんじゃないかな。……エルヴィス、何か知っているかい?」
「マシューの読みは間違いない。虹色の紋章は新興都市へ移される前は帝都にあったものだ」
マシューとレイモンドはエルヴィスに視線を向けたがその返答は違う方角からやって来た。返答したのはポールである。
「だったら帝都にはもう象徴は無いのか。……ええと、上空にあるバツ印はさっき出て来た霊竜ウタカタの棲む城で間違い無いとして、残る場所はテーベか」
「ただ、上空のバツ印が示す場所に行くためには天空の竜笛が必要で、それを手に入れるには帝都に行く必要がある。つまり俺たちが向かうべき場所は2つ。……帝都とテーベだ」
「……どっちに先に行くんだ?」
レイモンドのその問いかけに答える前にマシューは古びた地図に描かれたテーベを指差した。上空へと続く道はその地図ではテーベから伸びていた。
「……恐らくだが、これを見る限り天空の竜笛を吹くためのある場所はテーベのどこかだ。ならば先に天空の竜笛を手に入れておくべきだろう」
「……それってつまり……」
「あぁ。俺たちが今から行くべき場所は帝都だ」