第33話 だからこそ剣を振るう
読んでくださりありがとうございます。一番遭遇したくない人物と遭遇してしまいました。
「彼を用意したのは君たちかね? 騎士マルクを名乗るには少々実力が足らん。……まあ、精々白銀級ならばこの程度だろう」
聞き覚えのあるよく通る声が聞こえてくる。目の前にいる人物はどう考えても演説台で見たガブリエル・クラークその人である。……なぜ彼はこんなところにいるのだろうか。
「……なぜここに?」
「私がここにいてはいけないかね? 君にあれこれ言われる筋合いはひとつも無いのだが」
「アンガスはどうしたんだよ! お前の足止めはアンガスがしているはずだ!」
レイモンドは何故かそう叫んでいる。事情を知らないマシューたちは困惑することしか出来ない。レイモンドはいったい何を言っているのだろう。
「レイモンド、それどう言うことだ? アンガスが足止めを?」
「……アクセス権限から騎士団長に計画がバレた可能性が高いことはアンガスにも分かっていた。だから俺たちが対峙してしまわないように足止めをしてくれていたんだ。……それなのになぜここに?」
どうやらアンガスは今のようにマシューたちとガブリエルが対峙する状況を危惧していたようだ。そしてそれを阻止するためにアンガス自ら足止めを買って出たらしい。……だが今マシューたちの目の前には足止めされているはずのガブリエルの姿があるのだ。いったいどう言うことなのだろうか。
「別段難しい話ではない。君たちの存在に気付いたその時すぐにここに【転移】を準備させただけだ。どうせこの場所を通らなければゲートタウンの出入りは不可能。愚かにも私の領域に攻め入ろうとする無謀な騎士も、身分を偽って傭兵として潜入してくる勇者候補も一緒に待ち構えることが出来る」
地面に伏したまま騎士は動かない。暗闇でよく分からないが恐らく周囲が黒く見えるのは彼の血が流れているからに違いない。髭を触りながら徐々にこちらへ近づいてくるガブリエルのその目は一切の感情を映していない。不気味。この単語がこれほどまでに似合う人もいないだろう。
「……しかし驚いたよ。まさか勇者候補の方からこちらへやって来るとはな。殺されに来たという表情には見えないが、私を殺せるだけの実力があるとも思えない。……ならばただの夢見るちっぽけな少年か? 勇者候補がこんなザマとは知らなかった」
ガブリエルは真顔のままマシューたちを煽って来た。安い挑発だが、これに乗ってはいけない。マシューたちが今求められているのは何とかこの場をやり過ごし撤退することである。
「……そこまでにしておけ」
「おい⁉︎」
「これ以上の侮辱は俺が許さない」
レイモンドはガブリエルを正面から見据え睨みつけた。その表情からかなり頭にきていることはマシューにも分かる。気持ちは分からないでも無いが挑発に乗ることはマシューの本意では無いのだ。
「許さない……か。許されようとは微塵も思っていないが、仮に許されなければどうなるか聞いてみようか。……まさか何も無い訳でも無いだろう?」
「……お前は必ず俺がぶっ潰してやるよ」
レイモンドはガブリエルを正面にしてそう吐き捨てた。それを聞いたガブリエルは目を大きく見開き口角を上げた。ようやくガブリエルの顔から表情らしきものが感じ取れた。その感情はまるで新しいオモチャを見つけたかのようである。
「ぶっ潰すか。……面白い。お前ごときにこの私が潰すことが出来るのかやってみせるが良い! 【認識阻害】」
目の前にいたはずのガブリエルの姿が一瞬にして見えなくなった。この魔法はマシューにも見覚えがある。ニコラが帝都の冒険者ギルドで見せてくれたものだ。あの時はいつの間にか背後を取られていたのだ。背後を取らせる訳にはいかないマシューはすぐに後ろを振り返った。
そこにはやはりガブリエルの姿があったのである。ただし彼はマシューたちに攻撃を仕掛けようとはしていない。ただ地面に転がっている何かを拾っただけである。ガブリエルがそれを拾い上げるまでマシューはそこにそれがあることを忘れていた。
「せっかく私を楽しませてくれると言っているんだ。退路は絶たせてもらおう。……まあ、まさか【移動】で撤退するつもりは無いとは思うがね」
そう言いながらガブリエルは手の中にある【移動】の魔水晶を思い切り握り潰した。位置関係が逆転しておりこの位置からなら後ろに思い切り走ってしまえばガブリエルを撒くことが出来るかもしれない。
だがそれが不可能であることは先程の魔法でよく分かる。ガブリエルが【認識阻害】の使い手である以上撤退は不可能と考えて良いだろう。何せどう撤退していいのか見当がつかないのだ。
「……撤退はしないさ。この剣でお前を倒せば良いんだからな」
いつの間に取り出したのだろうか。レイモンドはマシューにとって見覚えのない剣を構えていた。その剣が何なのか思わずマシューは尋ねようとしたがそれはレイモンドに手で制された。
「その剣でか? ……遥か昔、あらゆる敵を斬ることの出来る剣が存在したと言う。……その剣は《正義》の象徴として勇者のみが扱える剣と伝えられる。君が持っているのがその剣ならば戦局は変わっていたかもしれないな。……まあ、勇者候補ですら無い君の剣がそれだとは到底思えないがね。……【認識阻害】」
ガブリエルはニヤリと笑ってまた姿を消した。【認識阻害】のその効果は凄まじく一切の気配が掴めない。もしこのままガブリエルが剣を振るったとしてマシューたちは防ぐことは決して出来ないだろう。
だからこそその前に剣を振るうのだ。レイモンドはふぅとひとつ息を吐いた。
「マシュー。……動くなよ」
マシューはその声に静かに頷く。不思議と怖さは無い。何となく根拠は無いがレイモンドに任せれば大丈夫だと言う確信がマシューにはあったのだ。
レイモンドは構えた剣を下から抉るようにマシューの胸めがけて突き刺した。鮮血が吹き出す。生暖かい血がレイモンドの手を伝って落ちた。
そしてレイモンドが見えていたものはマシューの目にも見えるようになった。マシューの目の前には今にも攻撃を仕掛けようと剣を構えている格好のままレイモンドによって剣で鎧の装甲が比較的薄くなっている腹を貫かれたガブリエルの姿があったのである。