第30話 その手の中に
読んでくださりありがとうございます。まさかレイモンドが持っているそれは……。
「……まさかそれって」
「そのまさかだ。《希望》の象徴虹色の紋章は今俺の手の中にある」
マシューは思わずレイモンドの手をじっと見つめていた。青緑色に美しく輝くそのペンダントは噂通りの美しさと言える。宝石とはこれほど美しいものなのかとあまり宝石を見たことのないマシューは感動すら覚えていた。
「……俺が持っていても仕方がないからこいつはマシューに渡そう」
レイモンドはゆっくりマシューに近づいて手の中にある物をそっと手渡した。間近で見ると宝石の美しさがさらに際立って見える。その輝かしい色を見ながら少しマシューは首を傾げた。
「……ちょっと気になったんだが、これがなぜ虹色の紋章と呼ばれているんだ? どう見ても虹色には見えないが」
「あぁ、それはね。そこに埋め込まれている宝石トルマリンが理由なんだよ。これに埋め込まれたトルマリンは特別でね。持ち主が持つ精神によってその色を変えると言われているんだ。そして今トルマリンは美しい青緑色に輝いている。僕の知る限りその色は最も美しいトルマリンだね」
なるほど、それならば虹色と名がついてもおかしくは無い。レイモンドからマシューへ渡った時に大して色が変わっていないように思えたがそれは恐らくマシューとレイモンドの精神が似通っている故であろう。納得したマシューは丁寧に収納袋へ仕舞い込んだ。
「……しかしどうしてこれが今ここに?」
「昨日の夜の間にアンガスがこっそりすり替えたらしい。そしてそれを俺に託したのさ。今警護されているのはアンガスが用意した贋物の象徴だよ」
「どうしてそんな危険なことを? それに移行した別の計画って?」
「アンガスは今回の計画がバレていることから逆に一気に進めてしまおうと考えた。それが警護中の《希望》の象徴を贋物にすり替えて本物をあるべき場所へ戻そうというものだ。危うい賭けではあったんだがアンガスはなんとかすり替えには成功し今それはマシューが持っている」
レイモンドのその説明にエルヴィスは思わず感心していた。エルヴィスは騎士団長のアクセス権限によって他人のログが閲覧出来ることは知らなかった。それ故に他人のアクセス権限を使ってデータベースを閲覧してもすぐにはバレないと思ったのだ。そしてそのことに気が付けば恐らく自分はパニックになって今すぐにでも逃げ出したくなるだろう。
しかしアンガスは違った。自分の計画がバレていると悟ると計画を大幅に短縮して警護されているはずの《希望》の象徴のすり替えをやってのけたのだ。並の胆力ではなし得ない離れ業である。若くして副団長となったのは恐らくこうした勇敢な判断が大きかったに違いない。
「そして俺たちの役割も当然変わってくる。俺たちの役割はやって来る騎士マークが引き起こす混乱に乗じて上手くこの場から撤退することだ」
思わず全員レイモンドに視線を向けた。簡単に言っているがそれは決して容易いことでは無い。むしろかなり困難である。何しろいくら混乱していたとしても上手く撤退することは難しいのだ。皆が本当にやってきた騎士の対応に混乱している中であっても新興都市から逆方向にバレないように進むのは至難の業である。
「……無謀なんじゃないか? いくら混乱したとしても明らかに新興都市と逆に歩く集団がいたら目立つだろう?」
「もちろん集団では移動しない。移動するのは1人ずつだよ。幸いゲートタウンまでなら1人ずつ新興都市とは逆に歩いていても何の疑いも持たれない。そのためにこの時間まで撤退しなかったんだ」
「……?」
自身ありげにレイモンドはそう言った。エルヴィスもエレナもレイモンドが何を言いたいのか分からなかったがマシューはレイモンドが何を言いたいかすぐに理解することが出来た。確かに朝のこの時間帯ならばゲートタウンを1人で歩いていても何の疑いも持たれないだろう。
「……なるほど、食料の支給に紛れるつもりだな」
「……ええと、つまりレイモンドは食料を受け取るための人として全員がゲートタウンまで撤退可能だと言いたいのかい?」
「あぁ。考えられる限り最も安全な撤退がそれだ」
「しかし、それでもゲートタウンまでしか撤退出来ない。それ以降はどうするつもりだ」
「そこから先は上手く混乱に乗るさ。幸い俺たちは何故か何もしていないのに腰抜け認定されているんだ。やって来た騎士に恐れをなして逃げたと勝手に勘違いしてくれるさ」
そう言うレイモンドの表情は自信が現れていた。どうやらレイモンドはアンガスからの話を聞いてから夜通しそのことを考えていたようだ。仮眠を取る前は何かに焦っているように見えたが今はそんな様子は微塵も感じられなかった。しかしなぜだがマシューは心のどこかに引っかかりを覚えていた。
「……アンガスはどうやって撤退するつもりなんだ? アンガスだって撤退する必要はあるだろう?」
「アンガスは【移動】という魔法で撤退するらしい。俺たちが無事に撤退出来れば紅玉の祠で合流する予定だ。……まあ、俺たちが撤退出来ればアンガスも無事撤退出来るだろう。今はひとまず俺たちのことだけを考えようぜ」
「……そうだな」
アンガスはアンガスで撤退の手段はあるようだ。それを聞いてマシューは少し安心したのだ。アンガスのしていることは危険極まりない賭けである。バレればただでは済まないだろう。そんな危険な賭けをしたアンガスを置いて自分たちだけが安全に撤退するのは少し気が引けていたのだ。
……しかしマシューの心にはまだどこか引っかかりがあるのだ。何か重要なことに気が付いていない。マシューはそんな気がしてならないのだ。