第29話 目的を果たすために
読んでくださりありがとうございます。アンガスに何があったのでしょうか。
いつの間にか眠っていたようだ。空は仄白くもうすぐ夜明けのようである。マシューは肩にかけられた毛布を手に取り立ち上がった。他の皆は何をしているだろうか。隣を見るとエルヴィスが項垂れるようにして眠っている。そして前を見ると静かにずっと前を向いているレイモンドの姿があった。どうやらレイモンドがずっと起きて警護をしていたようだ。
「……ごめんよ。いつの間にか寝て……」
「マシュー。今は何も言わないで俺を寝かせてくれ」
レイモンドは今まで見たこともないような表情をしていた。それは徹夜した人の顔では無い。もっと精神的な衝撃を受けた人の表情であった。
「……分かった」
「何すぐに起きるさ。……ただ2時間程寝かせてくれ」
そう言うとレイモンドはマシューから毛布を受け取るとすぐにその場で気絶するように眠りについたのだ。マシューはレイモンドに何があったのか聞けなかった。聞きたい気持ちはあったが、こんな状態のレイモンドを無理に起こすことはマシューにはとても出来なかった。
「……2時間か」
マシューは空を見て小さくそう言った。空は仄白く夜明けは近い。何となく不穏な雰囲気をマシューは感じていた。
不穏な雰囲気を感じながらマシューは眠りについたレイモンドの代わりに警護をしていた。やはり何か起こる訳でもなくただ時間だけが過ぎていった。約2時間過ぎるまでマシューの頭の中はレイモンドの言葉が渦巻いていた。
「……そろそろ2時間がたったな」
マシューは明るく辺りを照らす朝日を浴びながらそう呟いた。レイモンドのあの雰囲気から察するに何か大事な話があるのだろう。それならばまだ寝ている他の2人も起こさねばならない。マシューはレイモンドを起こす前にエルヴィスとエレナを起こしたのだ。
「……おはよう。……もしかしてもう朝なのかい?」
エレナは暗いテントの中で目を擦りながら起き上がった。結局エレナは仮眠というよりも睡眠を取っていたのだ。コンディションは誰よりも高いはずである。……なぜか少し眠そうにも見えるが。
「……僕はいつの間に眠っていたんだ?」
エルヴィスは座りながらじっと考え込んでいた。マシュー同様知らぬ間に寝てしまったのだろう。毛布をかけられたことにも気付いていないはずだ。確かにマシューも最初に起きた時は自分がいつ寝たか分からなかった。気持ちはよく分かる。
「……さて、そろそろ起こすか」
2人が起きたことを確認してマシューはレイモンドを起こすためゆっくりと歩いて近寄った。特に足音を立てた訳でも無いのだが、レイモンドはむくりと身体を起き上がらせてじっと空を見つめた。
「……2時間たったか」
「すごいな。ちょうどぴったりの時間だよ」
「……起きなければいけなかったからな。これくらいはやらないと」
マシューはあれほど気絶したように眠っていたレイモンドがすぐに起きて来たことを信じられないという目で見ていた。だがレイモンドはマシューが褒めたことを気にもしていない。少し様子がおかしい。何かに焦っている。そんな様子である、
「……もう他の2人も起きている……な。エルヴィス、【遮音】をお願いしたい」
「……? またか? ……【遮音】」
エルヴィスもまたレイモンドの様子がいつもと違うことに気付いたようだ。何の意図かは分からないがとりあえず言われた通りにエルヴィスは【遮音】を発動させた。
「……まずどこから話そうか。昨日の夜一度アンガスが戻って来たんだよ」
【遮音】の効果範囲内でレイモンドはゆっくりと話し始めた。それは恐らくとても大事な話で【遮音】が必要だと言うことは4人以外の誰にも聞かれたくない秘密の話なのだろう。それ故に黙って聞くべきなのだ。……だがエルヴィスはそれよりも気になることがあったのである。恐らくその話も重要な話であるはずだ。
「……その前にひとつ良いか?」
「……何?」
「僕のことをエルヴィスと呼んだのはなぜだ? 傭兵をしているこの時間は僕の名前はエヴァンであってエルヴィスでは無い。今は【遮音】があるから良いとしても、発動前は気をつけた方が良いんじゃないのか?」
エルヴィスの言うことはもっともである。今回傭兵として参加するためにわざわざデータベース上の4人の名前の情報が入れ替えてあったのだ。そのことに報いるためにも4人は偽名で通し続ける義務があるはずである。本当の名前で呼び合ってはいけないはずなのだ。
「あぁ、それは問題ないぜ」
「……? 問題ない?」
「もうバレてるからな」
「⁈ もうバレてるってどう言う意味だ⁈」
「……アンガスが言っていたんだ。どうやら騎士団長であるガブリエル・クラークのアクセス権限では他人のログを閲覧出来るらしい。騎士団長がそれを見たかは分からないけど、もう既にバレてると考えた方が良いのさ。だから最早偽名を隠す必要は無いんだ」
エルヴィスはあまりの衝撃に口を開けたまま動かなくなった。マシューたち4人が傭兵として参加するために相当なリスクを背負ってデータベースの情報を入れ替えてくれたと言うのにそれがこんなにもあっけなくバレているとは思いもしなかったのだ。そして偽名がバレているということは他にもバレていることがあるのだ。
「……待て、それじゃあやって来る騎士がマルクさんじゃ無いことは?」
「それもバレていると思った方が良い。まあ、バレていてもいなくても今更何の変わりも無いけどな」
「……と言うと?」
「アンガスは既にあの計画を捨てて、別の計画へ移行していたんだ。そしてそれはもう大部分が終わっているんだ」
そう言うとレイモンドは静かに自分の収納袋に手を突っ込んであるものを取り出した。それはレイモンドの手の中で美しく青緑色に輝いていた。