第16話 マシューたちの役割
読んでくださりありがとうございます。アンガスはいったい何を言っているんでしょうか。
「……?」
アンガスの言う意味が分からずエレナは首を傾げた。アンガスは《希望》の象徴の返却を求めたのはマルクであり、マルク自身は役割があるため実際に来る訳では無いと言っている。それは普通成立しない話である。それを成立させるには普通ではない手を使わなくてはならない。
「……マルクの個人情報も入れ替わっている?」
「その通り。実際に新興都市にやって来るのはマルクという名を与えられた名もなき騎士だ。もちろん彼はそこにいる君のようにフルフェイスの兜をかぶって来る上に、マルク本人を知る者以外は兜の中を見たとしても何の疑問も持たない。なにせデータベースにある勇者の仲間の騎士マルクの個人情報は彼に置き換わっているからね」
やはりアンガスは個人情報を入れ替えていたようだ。確かにこの方法を使えばマルク自身を動かすことなくマルクという人物を使うことが出来る。そしてアンガスの言うようにその人物の顔を見られたとしても誰もその人物がマルクではないと気づかないのだ。
「……神聖の騎士団の中でマルクの顔を知っているものは?」
「……私と団長だけだ」
「だがその人物が捕まってしまった場合、騎士団長が確認しに来るのでは?」
「あぁ。そうなれば団長はマルクではないことに気が付くだろうし、これが誰かに仕組まれたことであることに気が付くだろう。そうなれば私に疑いが及ぶことはいずれ遠くない未来となる。……そしてそうなれば私はどうすることも出来ないだろう。それは避けたいところだ。……そこでだ」
「……そこで?」
「君たちの出番だ」
聞き間違いだろうか。今までの話はアンガスが《希望》の象徴を元の場所に戻すための計画の話と思って4人は聞いていたのだ。今のところその計画はマルクの代わりとなる人物をどうするかを課題としている。これを解決しなければ計画は間違いなく頓挫するだろう。
そう考えていた時に急にマシューたちの出番がやって来たのだ。アンガスが何を言いたいのかが分からず4人とも戸惑いを隠せなかった。
「……俺たちの出番とは?」
「君たちには明日より傭兵として警護に加わってもらう。もちろん警護するのは《希望》の象徴だが、実際にやってもらうことは少し異なる。……君たちに実際にやってもらうことはマルクの代わりにやって来た名もなき騎士を無力化し撃退することだ」
無力化し撃退する。言葉では簡単だがそれを実際に行うのは難しいのだ。そもそもマルクと言えば時の勇者と行動を共にしていた騎士であり、一度戦ったことがあるマシューはよくその強さを知っていた。
そんな騎士の代わりを務めるものは生半可な実力ではすぐに偽物とバレてしまう。それ故に名もなき騎士もまたそれなりの実力の持ち主であるだろう。そうでなければ4人と戦う前に捕えられてしまうはずだ。
つまり4人に求められていることは、それなりの実力の持ち主に対して戦闘をしかけ何の疑いも持たれることなく無力化し、撃退することのようである。どうやら4人は思ったよりも重要な責務を任されているようだ。
「……ちなみに俺たち以外でこのことを知っているものは?」
「……誰もいない。そこにいるポールですら知らない話だ」
その返答にマシューは思わず深い息をひとつ吐いた。どうやら相当面倒なことに巻き込まれたようだ。自分のことを期待してまっすぐ見ているアンガスを前にしてマシューは首を横には振れなかった。
だが簡単に縦に振ることもマシューには出来なかった。それをするためには確認しなければならないことがあるのだ。
「……なぜ俺たちにその役目を? 俺たちにその役目が果たせるかは分からないし、何もかも放り出して逃げ出してしまう可能性だってある」
「確かにその可能性もあるかもしれない。だがそれは恐らくかなり低い確率の話だ。……私には親友と呼べる友がいてね。その人物は私と同じ年齢でありながら今騎士団長を務めている。……自慢の友だ」
アンガスは柔らかな表情で何かを思い出すように語り始めた。彼の言う友が誰なのかをマシューは知っていた。確かに彼ならば自慢の友と言えるだろう。
「そんな彼は偶然出会った冒険者志望の男に希望を見出したらしいのだ。その時の彼は本当に嬉しそうだった」
「……」
「……分かっているだろうが、その男とは君だよ、マシュー。だから私も君に希望を抱くことにしたのさ」
そう言うとアンガスは優しい微笑みを浮かべたのだ。そんなアンガスを前にして首を横には決して振れないだろう。マシューはひとつ息を吐いて覚悟を決めた。
「……出来る限り頑張ります」
「ありがとう。……大丈夫、君なら出来るはずだ」
アンガスはそう言うと【遮音】を解除した。どうやら話はこれで終わりのようだ。