第15話 騎士団長の思惑
読んでくださりありがとうございます。《希望》の象徴は騎士団長によって移されたようです。
「……騎士団長が新興都市に象徴を移して警護を始めた? ……勇者候補の手に渡らぬよう?」
マシューは思わずアンガスの言ったことをそのまま繰り返した。それはそれほど信じられない出来事である。そもそも騎士団長はそんなことをするメリットが無いはずなのだ。なぜ彼はそんなことをしたのだろうか。
「そうだ。神聖の騎士団ユニコーンの騎士団長は今から4年前に《希望》の象徴を新興都市に移し、警護を始めたのだよ」
「……何のために?」
「……私も噂だけで詳しく聞いた訳では無いが、勇者がもう生まれないようにするため……との考えかららしい」
そう言うアンガスの表情は真面目なものであり、嘘やデタラメを言っているようには見えない。確かに象徴がいつまでも勇者候補の手に渡らなければ勇者が誕生することは無いだろう。なぜならば勇者とは《七つの秘宝》を全て集めた勇気あるものを指すのだから。
「……4年前か。僕が追放されたのがちょうどその頃だな」
「ふむ、確かに私もそう記憶している。私が副団長となった直後に警護が始まったからね」
「でもアンガスは、……象徴は本来あるべき場所に戻す必要がある……と」
「あぁ、そうすべきだ。全ての物事には必ず役割というものが備わっている。そしてその役割が全て正常に果たされた時、因果は正常に作動するのだ。身勝手な考えでその役割の邪魔をすることは決してやってはならないことなんだ」
そう言うアンガスの表情は少し熱いものに変わっていた。どうやらアンガスは騎士団長が身勝手に象徴を移し警護しているのが許せないようだ。そんなアンガスを感心するようにマシューが見ていると不意に目が合ったのである。そしてアンガスはその瞬間何かを思い出したかのような反応を見せた。何かあったのだろうか。
「そうだ、マシュー。……確か君は古い剣を持っていたんじゃないか? それは今でも手放さずに持っているのか?」
「剣……? あぁ、クラウンソードのことか。普段使う武器ではなくなったけど、収納袋の中にちゃんと入れているよ。……それがどうかしたのか?」
「同じ話ということだよ。君がなぜその剣を持っているかは知らないが、その剣が君の手にあるのなら何かしらの役割があるはずだ」
そう言ってアンガスは満足そうに微笑んだ。アンガスはクラウンソードが本来あるべき場所はマシューのもとだと考えているようだ。家の秘密の地下室に手紙と地図の近くに置いてあったクラウンソードの役割とは何なのだろう。マシューはしばらく答えの出ないその問いの答えを探し続けた。
「ええと、……それでアンガスは何をしようと? 話を聞く限りでは《希望》の象徴を元の場所に戻そうとしているように俺には聞こえるんだが」
「言ってしまえばその通りだ。私は最終的に《希望》の象徴を元ある場所へ戻すつもりだ。……今回の警護はその前段階。下準備とも言う。行動を本格化させた時にどう動くべきかのデモンストレーションだ、そのための準備はもう済ませてある」
「準備?」
「あぁ。今回の警護では君たちの他にも数人の傭兵が雇われている。本来であれば象徴の警護に傭兵を雇うことはしないが、今回は非常事態につき黙認されている。だから君たちも自然とゲートタウンまで来ることが出来たのだよ」
「……非常事態っていうのは?」
「象徴を狙うものがやって来たという意味だ。……そもそもここは帝都から一本道でしか来ることの出来ない僻地にある。当然だが新興都市へ行くにはゲートタウンを必ず通らなくてはならない。ゲートタウンは神聖の騎士団の活動拠点。聖騎士に気付かれずに新興都市に行くのは不可能と言える。それ故に明確に象徴を狙うものは象徴が移されてからはいなかったのだ」
今のところの話はマシューたち全員が理解出来るものである。確かにマシューたちが最初にゲートタウンに来た時見張りからジャックが現れたのだ。恐らく見張りのためのシステムがあるのだろう。それをかいくぐって新興都市に行くのは不可能。今まで1人もいなかったというのも頷ける。
そしてアンガスの言う象徴を狙うものは《希望》の象徴が新興都市に移されてから初めて明確に象徴を狙うものであり、非常事態であることは納得出来る。
「……象徴を狙うものか。いったい誰なんだろう? それにどうしてそれが狙ってやって来る前に分かったんだ?」
「それは簡単だよ。象徴の返却を求める書が騎士団長宛に届いたのさ。もちろん象徴を狙うものからね。その書には騎士団長が象徴を警護していることを咎め抵抗するならば武力行使も厭わないと書いてある」
マシューの疑問に対してアンガスは淀みなくスラスラと答えてみせた。それはまるで非常事態が起こることを事前に知っていたかのようである。……もっと言うならば、非常事態はアンガスが起こしたものであるかのようであるのだ。
「……ちなみにその象徴の返却を求めるものは……誰?」
「かつて時の勇者と共に行動した騎士マルクだ。彼であれば象徴の返却を求めたとしても何の疑いも持たない」
「え⁈ パパが⁇」
「落ち着きたまえ。実際にマルクが新興都市にやってくるということでは無い。彼には修羅の国で象徴を守ると言う大事な役割があるのだ。彼はあの場所から離れる訳にはいかない」