第12話 もちろん偽名を使う
読んでくださりありがとうございます。どうやら登録が必要なようです。
「……ポール、登録ってのはどういう意味だ?」
「言葉通りの意味だよ。傭兵として警護に参加してもらうためにはまず個人情報を登録して新興都市への通行証をもらう必要があるんだ」
何でも無いことのようにポールはそうさらっと言い放った。だがマシューたちにとってそれは何でも無いことではない。どこまでの個人情報が必要かは分からないが少なくとも名前は必要だろう。ならばフルフェイスの兜でエルヴィスの顔を隠した意味が無い。登録したその瞬間からエルヴィスであることはバレてしまうのだ。
「……近くに誰もいないな?」
「……?」
「(……誰が聞いているか分からないから一応小声で話す。一度で全て聞き取ってくれ)」
「(……分かった)」
「(先程言った個人情報だが、君や彼は出来る限り名前を隠しておきたいだろう? そう思ってこちらで既に登録は済ませてある。君たちは少し戸惑うかもしれないが話を合わせてくれ)」
どうやらポールはエルヴィスの事情も知っているようだ。なぜかマシューも名前を隠したいことになっているのが気になるもののマシューたちからすれば非常に助かる心遣いである。……もっともそれだけ良くしてもらう理由が分からないために、マシューは少しばかり気味が悪くなってはいるのだが。
「さ、登録はあの建物で行う。心の準備が出来たら入ろうか」
そう言うとポールは少し先にある建物を左手で示した。まだ少し戸惑ってはいるものの、マシューの心の準備は既に整ってはいる。振り返ると他の3人も同じく心の準備は整っているようだ。全員真剣な表情でひとつ頷いたのである。
「……よし、大丈夫だ」
「それじゃあ中へ入ろうか」
その建物の中は職員らしき人物が何人かカウンターの裏で作業しているだけのいたってシンプルな作りであった。登録するためだけの建物であればこんなものなのだろう。
「傭兵の登録はこの建物で行う。職員を呼んでくるから少し待っていてくれ」
ポールはそう言ってカウンターへと歩いて行った。待つ間特にすることも無いのでマシューは辺りを見渡すようにして観察していた。そういえばマシューたち以外の傭兵は今どこへいるのだろうか。恐らくはどこかの建物にはいるだろうが、まだこの場所がどこなのかすら分かっていないマシューには予想など出来るはずがなかった。
やがてポールが職員の1人を連れてマシューたちのもとへ戻って来たのである。職員は何かカードのようなものを持っているようだ。今までの話から考えるに持っているのは恐らく通行証だろう。
「今回の警護に志願された傭兵の方々ですね?」
「あぁ、そうだ」
「かしこまりました。しばらくお待ちください」
職員はそう言うと手に持ったカードとマシューたちの顔を見比べ始めたのである。そのカードにはいったい何が記されているのだろうか。内容が気になると共に観察されていることにマシューは少しだけ居心地の悪さを感じていた。
「……すみませんが、兜を取ってもらえませんか?」
エルヴィスの番になったその時職員は困惑した表情を浮かべてそう言ったのだ。兜を取る必要があると言うことは見ているのは顔であるようだ。確かに顔を見比べているのならエルヴィスの被るフルフェイスの兜は邪魔であろう。しかしそれはエルヴィスにとっては不都合なことである。
だが、恐らく兜を取らなければ話は進まないのだろう。ならば兜を取るしか方法はあるまい。観念したようにエルヴィスは自分が着けていた兜をゆっくりと取り外した。
「……はい、本人確認が出来ました。それでは皆さまに通行証をお渡しします」
そう言うと職員は手に持っていたカードをマシューたちに配り始めた。特に何も言われないことにやや困惑しながらエルヴィスは兜を再び被り、職員から通行証を受け取ったのだ。
そのカードはギルドカードと似たデザインのカードで名前、年齢、冒険者ランクに加えていつの間に用意されたのか顔写真が載せられていた。どうやら職員が先程見比べていたのはこの顔写真のようである。
「その通行証は再発行が不可能となっております。紛失はなさらないようお気をつけください」
そう言うと職員はまたカウンターの奥へと去って行った。これで登録は無事完了である。だがマシューたちにはまだやるべきことがあったのである。
「……しかし、自分の顔が映っているのは少し慣れないな。俺ってこんな顔でみんなには見えているのかい?」
マシューはそう言って自分の通行証を全員によく見えるよう顔の横で持ったのである。ポール以外の全員の視線がマシューの通行証に集中していた。どうやら意図は汲み取ってもらえたようだ。
「それなら俺も確認してくれ。俺はいつもこんな感じなのか?」
「あぁ、そうだよ。ライモンはいつもそんな表情さ。マッシュもそうだよ。……なら僕もこんな感じでみんなには映っているのかい?」
「……そうだな、エヴァンはいつもこんな感じだ」
「私はどう?」
「あぁ、エリーナはいつもそんな感じだ」
そんな会話を交わした後で4人は自分の通行証を収納袋に丁寧に仕舞ったのである。何の含みもない何気ない会話に聞こえるそんな会話で4人は自分として登録された名前を共有したのだ。マッシュ、ライモン、エヴァン、エリーナ。これが偽名として今回4人に登録された名前なのだ。