第7話 早速実践といこう
読んでくださりありがとうございます。バニッシュヘルムの試運転です。
「そもそも魔法を発動するためには魔力を動かすことか欠かせない。言ってしまえば、魔法を発動することは魔力を何かしら動かすということと同じなのさ。例えば今僕が【闇弾】を発動した時、僕の魔力はこう動く」
そう言うとエルヴィスは右手を前にかざした。闇属性の魔力が見る間にその手のひらに集まっていく。そしてエルヴィスは夜凪海岸に広がる広い海に目掛けて【闇弾】を発動させたのだ。いつも見ているエルヴィスの魔法であり、今のところどこも変わったようには思われなかった。
「今僕はこのバニッシュヘルムを被っているから魔力の動きは分かりづらかったはずだ。それでは次にバニッシュヘルムを脱いだ状態で同じように【闇弾】を発動させてみよう」
エルヴィスはバニッシュヘルムを脱いで近くに置くと、また右手を前にかざして【闇弾】を発動させようとした。その時マシューはなぜかエルヴィスが魔法を発動させようとしていることが右手が動く前に分かったのだ。再び放たれた【闇弾】の行方を目で追いかけながらマシューは首を傾げたのである。
「……さて、違いはあったかい?」
「……理由は分からないけど、右手が動く前から魔法が来る気がしたな」
「……へぇ、それは面白い。それはつまりバニッシュヘルムの効果があるってことだよ。……間違いなくね」
エルヴィスは満足そうに腕を組みながら頷いている。マシューはまだ理解出来ておらず首を傾げており、レイモンドはそもそもをよく分かっていないのか困惑の表情を浮かべていた。
「戦闘中は基本的に動いているから感知するのは難しいんだけど、こうして立ち止まって今から魔法が発動されることが事前に分かっていたならば、魔法を発動させるために魔力をこめる段階でそのことに気付かれてしまう。……だが、バニッシュヘルムは違う。マシューが最初に魔法の発動に気付いたのは魔力が目に見え始めてからじゃないかな?」
「……あぁ、そうだな」
「つまり言い換えれば、目に見える形になるまでマシューは魔力の動きに気付かなかったということだよ。実際はもう既に魔力は動き始めているというのに」
その言葉でようやくマシューも理解することが出来た。要するにバニッシュヘルムは魔法を発動させる前段階で動き始める魔力を感知されにくくするものだということだ。エルヴィスは満足そうに頷いているためかなり強力な効果ではあるようだ。
しかしマシューにはそれほど強い効果には思えなかったのだ。確かに気付くのは遅くなるかもしれないが魔法は発動すれば目に見えるものである。気付かれるのが多少遅くなったとしても何の得があるのだろうか。
「……それって嬉しいことなのか?」
「もちろん! 魔法をメインにして戦う人なら誰でもこの効果は欲しがると思うよ?」
「……本当かなぁ」
「本当だよ。むしろマシューはどうして欲しがらないと思うのさ」
「……発動すれば目で見えるからかなぁ。少しも気付かれないならまだ分かるけど、それならそんなに強い効果だとは思わないや」
それはマシューが思う率直な感想だが、エルヴィスがそれを聞いて気分を損ねやしないかと少し気になった。だが当のエルヴィスは気分を損ねるどころかニヤリと笑ったのである。どうやらマシューがまだ気付けていない何かがあるようだ。
「……なるほど、マシューはどうせ目で見えて、気付かれるんだったら大して変わりは無いと言いたいんだな」
「……まあ、そうなるかな」
「マシュー。……後ろを見てみなよ」
そう言ってエルヴィスはニヤリと笑った。マシューが振り向くといつの間にかマシューの背後に発動された状態の【闇球】が宙に浮かんでいたのだ。あまりの驚きにマシューは言葉を失ってしまった。
「……それは僕が【闇弾】を発動させた時にこっそり左手で発動させていた【闇球】だよ。認識さえ逸らしてしまえば目で見えているはずのことですら人は見逃してしまうものさ」
「……」
「要は使いようってことだよ。それに補助魔法のいくつかは魔力の色が無色透明なものもある。例えば【速度支援】とかね」
「……なるほど」
「つまりこっそり補助魔法を使ったり、別の魔法を同時に発動させたりすることで相手に気付かれずに魔法が放てるって訳だな。なるほど、それは強い効果だ」
ようやくレイモンドもその効果の強さに納得したらしくそう言うと何度か頷いていた。その横でエレナもほぼ同じ反応である。つまりこれで全員がその効果に納得したのだ。
「あんまり効果がよく分からないとは言いにくかったから知れて良かったよ。……さて、昼にはまだ早いけど先に約束の場所へ向かおうか」
「……? 何を言っているんだい? ここからが色々と試す時だよ? 魔力回復薬は山ほどあるんだからギリギリまで効果を試すのさ」
そう言うエルヴィスは生き生きとした笑顔を浮かべていた。そんなエルヴィスを止めることはマシューには出来なかった。諦めが混じったため息が後ろから聞こえた気がした。