第35話 安全にゴンドラで
読んでくださりありがとうございます。筆者はゴンドラですら怖いです。
「……本当にあれで行っちゃったよ。勇気だけでどうにかなるものなのか?」
「まあ、確かにマシューは《勇気》の象徴は持っているけどな……。俺も長いことあいつの隣にいるけど、あんなに怖いもの知らずだったかな? まあ、とりあえず俺たちも降りようぜ。安全にこのゴンドラでな」
実は木の枠は全員分存在していたのだが3人はそれを固辞してゴンドラを選択して安全にルシャブランへと降りたのである。ゴンドラから降りるとちょうどそのタイミングでマシューも近くまで降りてきていた。
どうやって着地するのだろうかと3人が注目しているとどうやら運んでいる犬鷲の技術が相当高いらしくふわりと何の衝撃もなく着地したのである。もちろんマシューには何の怪我も無い。それどころかマシューは楽しげな表情である。
「こういう風に空を飛ぶのは初めてで楽しかったよ」
「楽しんでいただけてこちらも嬉しく思います。……そうだ、あなた様にこちらをお渡ししますね」
マシューを地上まで運んだ犬鷲はマシューに小さな板を渡したのだ。その板の表面には水色の翼が彫られていた。それはアクィラで見た大空の翼と同じ羽根にマシューには見えた。
「それは飛行手形と言いまして、どこか高い場所から降りたい場合に使うものでございます。魔力を込めて掲げていただきますと最も近くにいるアクィラ飛行部隊が参上する仕組みです。もしこれから先どこか高い場所から降りる時には是非お使い下さいませ」
「なるほど、覚えておくよ」
「ちなみにそれってゴンドラ版もあるのか?」
少し心配そうな表情でレイモンドが会話に入って来たのである。確かにマシューだけが使えてもあまり意味は無い。レイモンドたちも帰るためにはゴンドラも持ってきてもらわないと困るのだ。
「もちろんございます。お三方にはゴンドラ付きの方の飛行手形をお渡ししますね」
そう言うと犬鷲はレイモンドたちに別の板を渡したのである。3人はそれぞれ安心した表情を浮かべながらそれを受け取った。これもまた使うには魔力を込めれば良いだけなのだろう。犬鷲に礼を言って4人は貰った飛行手形を丁寧に収納袋に仕舞いこんだ。
役目を終えた犬鷲たちがアクィラへと飛び立ったその数秒後、ずっとエルヴィスによって背負われていたアレックスが地面に降り立った。そしてもちろんオースティンも地面へ降りたのである。固まった体をほぐすためひとつ大きな伸びをして、オースティンはマシューの方を向いて口を開いた。
「……それでは早速《自由》の象徴を完成させよう。……と言いたいところだが」
「……何かあるんです?」
「勇者候補ともなれば疲れなど知らないのかもしれないが、私たちはそうではなくてね。今日はもう休んで明日完成させるのでも構わないだろうか?」
オースティンは酷く申し訳無さそうにそう言った。そう言えばマシューたちは一応仮眠を取っていたが、オースティンとアレックスはずっと動き回っているのだ。体力が持たないのも無理もない。
「もちろん大丈夫ですよ。昨日から色々ありましたしね」
「ありがたい限りじゃ。お詫びと言っては何だが、マシューたち人間の口に合うような料理を手配しよう。是非是非食べてくだされ」
オースティンのその言葉にエルヴィスとエレナは笑顔を見せ、レイモンドは腹のあたりをさすり、マシューはシャーロットの料理を思い出していた。
「ビアンカのおばあちゃんが作った料理だといいな。あれはかなり美味だ」
腹のあたりをさすりながらレイモンドはしみじみとそう言った。どうやらレイモンドもまたシャーロットの料理を食べたことがあるようだ
「ビアンカのおばあちゃん? 料理が作れるのか?」
「あぁ。しかも普通に美味い」
「確かにあれは美味かったな」
「あれ? マシューも食べたことがあるのか?」
「あぁ、監視の役割を始める前にビアンカに案内してもらってね。レイモンドはいつ食べたんだい?」
「俺は……その……、まあそれはいいじゃないか」
レイモンドはシャーロットの作る料理のことを生き生きと喋っていたのだが、いつ食べたのかを聞かれると何故か急に喋る調子が落ちたのである。そんなレイモンドの態度からマシューはその理由が何となく、アレックスはその理由をしっかりと把握したのである。
「……つまりレイモンドは私がシャーロットの救出を頼んだ時に作ってもらったのだな?」
「……じ、実は」
「なるべく早くと言ったはずだがなぁ……?」
アレックスはわざとらしくゆっくりとレイモンドを追及している。だがその顔は笑ってしまうのを堪えている顔にしかマシューには見えなかった。レイモンドはすっかりテンションが落ちてしまい俯いていたためそれには気付かなかったのだ。そのことが分かるとマシューは込み上げる笑いに堪えきれず思わず吹き出してしまったのである。
「なんでお前が笑ってるんだよ」
「悪い悪い。笑うつもりは無かったんだ。……ただアレックスの顔が面白くて」
「むぅ、心外な。ただ私は笑いを堪えているだけなのに」
そう言ってアレックスは笑った。その表情を見てレイモンドもまた戸惑いながらも笑い始めた。その笑いは伝染していき、ルシャブラン城へ着く頃には全員が笑って歩いていたのであった。