第32話 アクィラの王アミナブル
読んでくださりありがとうございます。マシューたちはアクィラ目指して出発しました。
「もう少しで到着するじゃろう。もう少し頑張るのじゃ」
レイモンドの背中からそう声が聞こえて来た。足元は険しく歩いて移動するとなるとある程度は体力は消耗してしまう。そしてレイモンドは背中に王様を抱えて歩いているのだ。故にレイモンドはかなり疲れてしまっていた。
「こんなにも道が険しいとはね。……アクィラはどうしてこんなに道を険しくしたんだ?」
「私らのように違う理由で国を目指すものもいるが、多くの場合その理由は侵略であることが多い。故に道をできる限り険しくしておるのじゃろうな」
「だが、アクィラの方も……。いや、なんでもない」
アクィラもまた移動にはこの道を使うのだから道を険しくするのもと考えたレイモンドだったが途中でアクィラが犬鷲の里であることを思い出した。それなら道がどれだけ険しかろうとも関係ない。移動するのに使うのは空なのだから。
「マシューはもう着いたようじゃの。ほれ、もう少しじゃ」
見上げるとマシューたちがこちらを見下ろしているのが見えた。どうやらその場所が目的地のようである。終わりが見えていると力は出るものである。最後は意地を見せるかのようになぜか駆け足でレイモンドは険しい道を進んだ。そして限界が近くレイモンドが肩で息をし始めた頃ようやくアクィラに到着したのである。
門を潜りマシューたちは犬鷲の里アクィラの中へ入った。ルシャブランは古い歴史を感じさせる風景だったがアクィラはどこか殺風景で冷たさを感じる町に思われた。この場所を統治しているアクィラの王様を思うと少し恐ろしさを感じないではないが、ここでルシャブランに帰る選択肢は無い。
ふと上を向くと上空に2、3羽の犬鷲が飛んでいるのに気が付いた。そしてその犬鷲は円を描くようにゆっくりとこちらへ滑空しながら降りて来たのである。
「ようこそおいでくださいました。アミナブル様がお待ちですのでこちらへ来てください」
どうやらこの犬鷲はアクィラの王様の家来のようだ。彼に従って歩き進めるとやがてルシャブラン城と同じくらいの規模の城が現れたのである。恐らくこの中に彼が言ったアミナブル様がいるのだろう。
「……ええと、アミナブル様と言うのは?」
「アミナブル様はアクィラの王のことでございます。私たちアクィラの民は王に最大限の敬意を払って皆そう呼んでいるのですよ。……さ、こちらの部屋でございます」
目の前には黒い金属で出来た重厚な扉である。豪華そのものであったアレックスの部屋のものとも、質素ながらしっかりとした作りである王様の部屋のものとも違うその扉にマシューたちは自然と背筋が伸びた。そしてマシューが扉をノックしてゆっくりとその扉を開けたのである。
中は扉同様、黒を基調にしたどこか冷たい印象を覚える部屋であった。そしてそんな部屋の奥に置いてある豪華な椅子に1羽の犬鷲が座っていた。恐らく彼がアクィラの王アミナブルだろう。
「……本当に来るとはな。手紙を受け取った時にはタチの悪い冗談だと思ったのだが……」
「冗談であんなことは言わんよ。……あの手紙には私の本心を書かせてもらった。それを理解してもらえると嬉しいがの」
「……全て本当ならば良いがな。私の名前はアミナブル。アクィラを統べる王だ。よろしく頼む。それで、だ。こちらとしてはオースティンとアレックスは把握している。他にいるのは猫には到底見えないだろうから勇者候補とその仲間で間違いないな? そして、……なるほど、どうやらあんたが勇者候補のようだな」
鋭い視線がマシューたちに浴びせられそしてその視線はやがてマシューに集中したのだ。ビアンカもすぐにマシューが勇者候補であることを見抜いたのだが彼も簡単に見抜くことが出来るようだ。
「……確かに私が勇者候補のマシューです」
「やはりそうか」
アミナブルは満足そうにニヤリと笑って何度か頷いた。マシューが勇者候補だと見抜いたにしては少し大袈裟なように思える。何かあるのだろうか。
「……さて、オースティン。あなたからもらった手紙を読ませてもらった。そこにはあなたの今までの非礼を詫びる文言が記されている。だがそれに対する答えはNOだ。あなたから敵対を望んだにも関わらず文字だけでそれを解消しようと言うのはいささか虫が良すぎるんじゃないか?」
アミナブルの近くには手紙のようなものがあった。恐らくあの手紙がアミナブルの言っている王様から出された手紙なのだろう。分かっていたことではあるがやはり一度壊れた関係を戻すのは難しいのである。
「もちろん文字だけで許してもらおうだなんて思ってはおらぬ」
オースティンはそう言うと目の前のアミナブルに向かって深く深く頭を下げた。関係の修復を願うためとは言え王が頭を下げるのは中々異様な光景である。実際アミナブルも異様な光景に感じたのだろう。少し慌てた様子で口を開いた。
「待ってくれ! 別に頭を下げろだなんて望んではいない。……参ったな。……アレックスよ、ここにいるのはお前の祖父オースティンで間違いないな?」
「……はい、間違いありません」
「……そうか。本当にオースティンがこうして頭を下げているのか……。こうもオースティンが素直に頭を下げると何かあるんじゃ無いかと思ってしまうな」
どうやらアミナブルはオースティンではなく偽物が来たのではと疑っていたようだ。だがもちろんこのオースティンは偽物ではなく本物のルシャブラン王である。それが分かりアクィラの王アミナブルはにっこりと微笑んでいた。
「……先程は虫が良すぎると言ったが、実は私としてはルシャブランと関係を戻すことに何ら抵抗が無いんだ。だからオースティンの手紙を受け取った時に関係を修復しようと決めたのだよ」
「……と言うことは」
「あぁ。昔のことは水に流して、今まで通り動物の里同士でルシャブランとアクィラ仲良くやって行こうじゃないか」