第31話 王もまた覚悟を決める
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「……?」
アレックスは王様が何が言いたいのか分からず首を傾げていた。後ろにいるビアンカの様子も一応見てみたがビアンカも困惑した表情であり王様の発言の意図は理解していなかった。
「さて、アレックスよ。そなたは王になる覚悟を決めたと言ったな?」
「……はい」
「そして私はそれを反対しておらん故に今すぐにでも王座をそなたに渡すことが出来る。……出来るのだが。……申し訳ない。王座を譲るのはもう少し待ってもらうことは出来んだろうか」
少し王様は申し訳無さそうにしてそう言ったのである。何か譲れない事情があるようにアレックスには伝わったのだがアレックスにも譲れない事情がある。アレックスは一刻も早く王となりアクィラとの関係を良化させ象徴をマシューに託したいのだ。言ってしまえばアレックスが王になるのはマシューのためなのである。
「……それはどれほどになるのでしょうか」
アレックスのその返答にビアンカは驚きの表情でアレックスを見た。アレックスの返答は単にどれだけ待てば良いか聞いているだけではなく、待つ期間が長ければ待てないのだと言う主張でもあるのだ。それはつまり抵抗とも感じられるのであり王様の機嫌を損ねる可能性があるのだ。
だが、それを聞いた王様はまだ申し訳無さそうな表情である。どうやらアレックスの言葉に怒って王座を譲ることを撤回する事態は避けられたようだ。だが、なぜ王様はそうまでも申し訳無さそうにしているのだろうか。
「……昔、先程と似たことがあった。当時王子だったニールが暗殺されたのだ。その時ニールの最も近くで見つかったのは既に事切れていたアクィラの使者で凶器と思われる刃物も近くで見つかったのじゃ。……当時の騎士隊隊長はその使者を犯人と断定しアクィラと敵対することを望み私にそう主張したのじゃ。当時私はアクィラをそれほど良く思っておらず隊長の言葉を誠と思いアクィラの使者を王子暗殺実行犯としてアクィラと敵対することに決めたのじゃ」
そう言いながら王様は手に持っていた手紙を広げ始めた。その手紙は確かウォルトンの部屋で見つかった大臣からの手紙である。それを丁寧に広げて王様は近くのテーブルに置いたのだ。その時王様はまた遠い目でどこかを見ていたのだ。
「……この手紙には深夜に決行される彼らの計画が克明に記されておる。ニール王子と同じようにという文言を添えてな。私はこの手紙を読んで始めて自分がどれほど愚かなことをしたのだと悟ったのだよ。……何をしたとしても許される行為では無い。もし許されるとすればひとつだけだ」
王様は顔を上げアレックスの目をじっと見つめた。その時の王様の目には覚悟が宿っていた。それがアレックスにすぐに王座を譲れない理由である。
「私が招いた事態を他の人に拭ってもらう訳にはいかん。私は年を取ったが今まで何とか生きながらえた。それは恐らくこのためであろうの。……私はな、アレックス。自分が壊したアクィラとの関係を元に戻すために覚悟を決めたのじゃ。故にそなたに今すぐ王座を譲る訳にはいかんのだ」
「……王様」
「そなたが覚悟を決めたのは、他ならぬ勇者候補のためだろう? だが彼に応えるにはまずアクィラとの関係を元に戻さなければならん。……その役目はどうか私に任せてくれんかの」
王様の表情は真剣そのものである。彼は本気でアクィラとの関係を元に戻そうとアレックスに頼んでいるのだ。それが分かったアレックスはひとつ息を吐いて口を開いた。その役目を王様だけに担わせて自分はゆっくりと待っている訳にはいかないのだ
「……いえ、その役目私にも担わせて下さい。私も共に行きましょう」
アレックスの言葉が思いがけなかったのだろうか。王様はしばらく何も言えずに瞬きだけをしていた。やがて何かに気付いたかのように次の瞬間からにっこりと微笑み始めたのだ。
「……そうか。そなたはニールの息子だったな。……ふふ、ニールに似て優しい子だ。ならばアクィラへと向かうとしようか」
「……王様。アクィラへ行かれるならば勇者候補たちを連れて行かれてはいかがでしょうか」
「……勇者候補を? それはまたなぜじゃ?」
「王子は勇者候補があの者であったからこそ覚悟を決めました。アクィラにも彼をお見せすれば彼らもまた勇者候補のために協力してくれるかもしれません」
「……なるほど、確かにそうかもしれん。良いだろう、それではマシューたちも一緒にアクィラへ参るとしよう。隊長は今すぐ彼らにそのことを伝えてくるのだ」
「かしこまりました」
ビアンカは深く一礼をしてから足早に部屋から去った。その様子を王様は満足そうに微笑みながら見ていた。
「……さて、私たちも準備を整えるとしよう。そなたも部屋へ戻ると良い」
王様に促されるかたちでアレックスも部屋から出た。自分なりの考えは既に形にしている。だが、その考え通りにアクィラが動いてくれるとは限らない。
王様も協力して関係を修復しようとしてくれているのは心強いが、アレックスは少しの不安を感じずにはいられなかったのだ。
それから数時間が経過した。昼時が終わり誰もが慌ただしく動き始める時間に王様とアレックス、そしてマシューたちはアクィラを目指して出発したのである。