第28話 見張りはいない
読んでくださりありがとうございます。ビアンカはどうするとはどういう意味でしょうか。
「どうする……とはいったい?」
「ビアンカの役割は俺たちを仮眠室に案内することであって、俺たちと一緒に仮眠を取ることじゃない。……まあ、疲れて寝ていたいって言うならそれでも良いけどね」
ビアンカは最初こそ怪訝な表情だったがマシューが何を言いたいかを理解してからの行動は早かった。マシューに香水の場所と使い方を簡単に伝えると足早に仮眠室から出て行ったのである。その姿を見送ってマシューはゆっくりと香水が置いてある場所へ歩き始めた。
「……ビアンカは王様の部屋へ行ったのか?」
「どうだろう。アレックスがまだ部屋を出てない可能性もある。まあ、どちらにしてもビアンカはアレックスの手助けをしているに違いないさ」
そう言いながらマシューは香水の瓶を手に持っていた。瓶の中には薄紫色の液体が入っている。これが薄める前の原液だろう。もし何かの拍子に瓶を落としてしまえばここにいる全員が深い眠りに落ちてしまう。マシューは慎重な手つきでその瓶をテーブルの上に置くと今度は薄めるための水を探し始めた。確かそれは先程の香水の瓶の近くに置いてあるはずだ。
「……さっきマシューはアレックスの覚悟を王になる覚悟だと言っていたよな。それについて詳しく教えてくれないか?」
「詳しくって言ってもなあ……。俺はただ俺たちがいない状況で王様と話がしたいとアレックスが言うからそれを予想しただけでそれ以上のことは全然分からない。……確かなことは俺たちが仮眠から起きた時には状況が大きく変わっているということだけさ」
「……なるほど。つまり僕たちは仮眠しておけば良いってことか」
「そうだね。……さ、香水の準備が整ったよ。みんな仮眠の準備は出来ているかい?」
マシューがそう言って周囲を見渡すとそれぞれのベッドから手で合図が返ってきた。どうやら3人とも準備は出来ているようである。マシューはそれを見てから出来立ての薄めた香水を使って自分もすぐにベッドへ潜り込んだ。心地よい香りが辺りにゆっくりと広がった。やはりその効果は絶大であり、マシューたちは全員一瞬で眠りについたのである。
マシューたちが仮眠を取り始めたちょうどその頃ビアンカは王様の部屋の前へ来ていた。アレックスはもう部屋の中に入った後だろうか。中から話し声のようなものが聞こえるがアレックスの声とは聞き取れない。
「……ビアンカ、君はいったい何をしているんだい?」
「あ、……申し訳ありません。自分にはまだ役割があるかと思い勇んで来たのは良いのですが、見張りのものがいなかったので王子が中にいるかどうか判断出来ずに部屋の中の様子を伺っておりました」
「なるほど、それはありがたい。覚悟を決めるならひとりでと思ったが、……ビアンカがいると心強いな」
そう言うとアレックスはにっこり微笑んだのだ。ともすると必要無いとあしらわれるかと思ってさえいたビアンカはその笑顔を嬉しく思ったのである。だがアレックスのその笑顔は短く顔を引き締めたアレックスは鋭く扉の向こうを見つめていた。
「……さてと、どうして見張りがいない? いないとなると中でジジイは何の会話をしているんだ? ……まあ、入れば分かるか」
一瞬迷ったアレックスだったがすぐに王様の部屋の扉を開け中へ入った。そして入ってすぐアレックスはなぜ見張りがいないのかを理解したのである。王様の部屋の中にいたのはルシャブランの大臣である猫カルヴィンである。彼は自分にとって都合の良い話をする時は大抵見張りを離れさせるのだ。
「……おや、王子……それに騎士隊長ではないですか。今私が王と話しております故に部屋から出ていただけますかな?」
入ってきたアレックスたちに対してカルヴィンは驚く素振りも見せない。ともするとまるでアレックスがやって来るであろうと予想していたかのようである。それが分かったアレックスは思わず顔をしかめていた。
反応から考えるに、今カルヴィンが王様にしている話の内容はどうせろくなものでは無い。カルヴィンはかつての騎士隊長の親戚でありオースティンにずっと王となって欲しい考えを持つ派の猫の筆頭である。今回も責任を逃れるためにあれこれ策を巡らせているのだろう。
「別にアレックスがいても話は出来るだろう。むしろ私としてはアレックスの話も聞きたいところだ」
「……王様がそう言うなら私は構いませんが」
そう言いながらカルヴィンは不満そうな表情である。恐らくアレックスがこの場にいれば色々と都合が悪いのだろう。つまりカルヴィンがしている話はアレックスにも関わる話のはずである。
「さて、カルヴィン、話を続けよ。先程していた話は途中だったはずだ。確か騎士隊副隊長が無実の罪で今投獄されておる……だったかの?」