第25話 まだ未完成
読んでくださりありがとうございます。アレックスの意図とはいったい何なのでしょうか。
その言葉に思わずマシューはアレックスの顔を見た。アレックスは不適な笑みを浮かべていた。いったい何のつもりなのだろう。マシューは表情から何とか意図を汲み取ろうとするが、その不適な笑みからは何の意図も汲み取れなかった。
「……何でしょう」
「その話をする前に、ひとつ聞いておこう。……マシュー、君はあの場所でラグドールの盾の実物は見たかい?」
「……まあ、見ましたね」
マシューは正直にそう答えた。実物を見てはいけないとは一言も言われていないのだからここで実物を見ていないと偽る必要は無い。むしろ象徴を手に入れようとしているマシューに対してラグドールの盾の警護をしていたエルヴィスたちを呼びに行かせたのは暗に見て来いと言っているようなものである。
「そうか。見ているなら話は早い」
「……王子、あの場所とは《自由》の象徴が守られている場所でしょうか」
「そうだ。ビアンカは宝物庫にガラス張りの壁があるのを知っているか?」
「ええ、もちろん知っています。……あの壁に何かあるのですか?」
「あの壁は強く押し込むことでその奥へ進むことが出来る。そしてその先の部屋の壁に取り付けられているのが《自由》の象徴、ラグドールの盾だ」
ビアンカは話を聞きながら思案顔をしている。恐らく宝物庫の中の様子を想像しているのだろう。アレックスの言うラグドールの盾への行き方はマシューたちが教えてもらった通りであり、それが正しいことは身をもって知っている。
考えているビアンカの顔を見て一瞬微笑んでからアレックスはすぐに真面目な表情になりマシューの顔をじっと見つめた。まだアレックスが何を聞きたいのかマシューには分かっていない。アレックスはいったい何を聞こうとしているのだろうか。
「一目見た《自由》の象徴への感想を聞かせて欲しい」
アレックスの表情は真面目なままである。その表情から冗談で聞いているとは思えない。であれば何らかの意図があるのだ。目の前のアレックスは意図もなくこんなことを聞く猫ではない。
「……今まで見た象徴とはどこか違うように思いました」
「ほう。……どんなところが違うと感じた?」
マシューの返答は核心に触れない曖昧なものであった。マシューがあの盾を見て思った感想はとても象徴であるとは思えないというものである。だがラグドールの盾はルシャブランが《自由》の象徴として守って来たものであり、まさか《自由》の象徴にはとても思えないとは言えないだろう。
だがアレックスは曖昧なその返答を微塵も求めていない。故にさらに踏み込んで聞いてきたのだ。踏み込んで聞かれればいずれ逃げ道は無くなるだろう。アレックスはマシューが正直に思ったまま言うようにと促しているのだ。観念したマシューは正直に言うことにしたのである。
「……今まで見た象徴はどれも一目でそれと分かるようなもの。でも俺はあの盾からそれを感じなかった。……何か足りないような、そんな気がしたんです」
「ほう、足りないと。ふふ、……一目見てそれに気が付くのか。やはりさすがは勇者候補。象徴にすら疑いをもつとは恐れ入ったぞ」
正直に返答したためマシューは心配そうにアレックスの方を見た。当のアレックスは満足そうに笑っている。どうやらマシューの感想はアレックスが満足するものだったようだ。だが、なぜアレックスが満足しているのかはさっぱり分からない。ただただマシューは困惑の表情を浮かべていたのだ。
「マシューの言う通り、あれはラグドールの盾ではあるが《自由》の象徴としては不十分な代物だよ」
「ラグドールの盾ではあるが《自由》の象徴ではない。……どういう意味です?」
「まだ未完成だと言う意味だ。ラグドールの盾を本当の意味で完成させるにはアクィラの君主が持つ大空の翼が必要なのだよ」
相変わらずアレックスは真面目な表情でとても嘘を言っているようには見えない。だからこそそれを見ているマシューは困惑しているのだ。何から何まで聞いたことの無い話の連続である。
アレックスが言うにはラグドールの盾はまだ未完成であり本当の意味で完成させるためにはアクィラの君主が持つ大空の翼が必要であるらしい。だがアクィラと言えばルシャブランにとって敵対勢力にあたる存在なはずである。故に《自由》の象徴を本当の意味で完成させるのに敵対勢力の力が必要だとは到底信じられないのだ。
「……ええと、本当の話で? 王様は確かアクィラはルシャブランにとって敵対勢力と言っていたはずですよね?」
「もちろん本当の話だ。そして王様がそう言っていたことも事実だ。……実はアクィラがルシャブランにとって敵対勢力だと言っているのはジジイだけで本来アクィラとはむしろ協調関係にあるべきなんだ」
アレックスの言葉を聞きながらマシューは以前アレックスが言っていたことを思い出していた。確かにアレックスは以前こちらがこんな態度を取らなければ敵対することが無かったはずと言っていた記憶がある。それは言い換えればそうなる前は協調関係にあったとも言えよう。
だがそうだとしてもまだ疑問が出てくるのだ。今までの話をあわせて考えればルシャブランの王であるオースティンが今まで協調関係にあったアクィラと敵対したことになってしまう。いったいなぜオースティンはアクィラを敵対勢力として扱うようになったのだろうか。