第20話 全てを知っている
読んでくださりありがとうございます。アレックスが待っているものはウォルトンではありません。では誰なんでしょうかね。
「……これは、……いったい?」
「ふむ、どれが分からないんだ? ビアンカの顔が青ざめている理由かい? マシューが眠らずに立っている理由かい? ……それとも私が生きている理由……かい?」
アレックスはまっすぐウォルトンを見据えてそう言った。それは肯定以外の返答を許さない強い問いかけであり、ウォルトンは思わず後ずさりをしていた。
「……王子、あなたはどこまでご存知で?」
「全てだ。私は全てを知った上でこうして椅子に座っている。……その意味が分かるか?」
アレックスはウォルトンから目を離さない。その気迫に押されてかウォルトンは顔全体で冷や汗をかいていた。だがウォルトンは諦めはしなかった。どんなに劣勢でも覆すことが出来ると思っている故にこのような行動を取ったのである。例え何が起ころうとも目的は果たせると確信しているのだ。
「……なるほど、全てをご存知だと。……ならばまずそこにいるビアンカを斬る必要があります。私はまだあなたに何もしていません。故にあなたは私を裁けないはずだ。処罰すべきはまずそこにいるビアンカですよ。……王子に刃物を突きつけたんだ、ただでは済みますまい」
どうやらウォルトンは今の状況を全てビアンカに押しつけようとしているのだ。確かにウォルトンはアレックスの部屋で何もしていない。よって今の状況でアレックスが誰かを裁くことが出来るとするならばそれはビアンカだけである。
だがそれを聞いたアレックスは何ひとつ焦らないばかりか少し笑ってすらみせたのだ。その小さな笑みはウォルトンに底知れぬ恐怖を感じさせたのである。
「……どうやら副隊長は全てと言う単語の意味を理解していないらしい。お望みならば説明をしてやろう。まず今起こっている私の暗殺計画、首謀者はウォルトン貴様だ。貴様の部屋からアクィラと交わした密約文書が数点見つかっている。……それによれば私の首をさしだすことを条件にアクィラとの友好関係を作ろうとしていたようだ。まったく浅ましいことだ」
「……」
「そしてその密約の中には騎士隊副隊長ウォルトンを王子に推薦する旨を頼むものも確認されている。つまり貴様の目的はそれだ。自分の持てる手段を全て使って王になろうとする姿勢は買うが貴様では力不足。ルシャブランはすぐに滅んでしまうだろうな」
「……」
ウォルトンは何も言えずにただ黙り込んでいた。否定すらしないその姿は最早全面的に肯定しているようにも見える。そしてその姿は機会をうかがっているようにも見えるのだ。何が起きても良いようにマシューはじっとウォルトンを見つめた。その間もウォルトンの言葉はずっと続いていた。
「だがそれには肝心なことが抜けている。どうやって私の首を差し出すかだ。ジジイが生きている状態で私の首を取れば間違いなく貴様は処罰される。故に貴様には自分が処罰されない方法で私を殺す算段が必要になる。……だからこそビアンカを使った。……そうだろう?」
「……」
「ご丁寧に勇者候補まで巻き込んでな。確かに貴様の思惑通りにいけばマシューが私と騎士隊長であるビアンカを殺害した罪で処罰されることになるだろう。そして手を出していない貴様がその恩恵を貪るのだ」
アレックスは大体のことを言い終えたらしく口を開くのをやめた。誰の話し声もしない部屋の中は不気味なほど静まりかえっていた。冷や汗をかききったのかウォルトンはなぜか笑みを浮かべていた。それは単なるやせ我慢ではなくむしろ開き直っているようにさえ見えた。
「……終わりですか? 今の話が全て本当だったとして、それを証明することは可能なんです? 今までの話は全て憶測に過ぎない。そして私は私が関係していないことを証明出来る。……ビアンカが否定してくれますからね」
そう言うとウォルトンは笑い始めたのだ。ウォルトンはビアンカが全ての責任を取るために自分の関与を否定した上で処罰を受けると言っているのである。それはビアンカがただただ罰を受けることになるためビアンカには全くメリットが無い。それなのに確信したようにそう言えるのは理由があるはずである。
アレックスはいまだに何かに怯えているビアンカにそっと視線を向けた。普段のビアンカなら他人の罪を被って処罰されることなど決してしないだろう。だがそれ以上にこれほどまでに怯えることもまた決して無いのだ。ビアンカにとって怯えている何かが他人の罪を被ることよりも大きいのであれば、決してあり得ないとは言えないのである。
アレックスはビアンカからマシューへ視線を移した。マシューは今に至るまでウォルトンの話を特にリアクションすることなく聞いていたのだ。何せウォルトンの思惑は既にアレックスより聞いている話でありそこに真新しいことはひとつも無いのである。
「……そろそろか?」
「だと思いますよ。……そう時間はかからないはずですから」
「……何の話です?」
「……ウォルトン、やはり貴様は私の話をあまり理解していないようだ。だからもう一度言ってやろう。私は全てを知った上でここに座っているのだ」
「……は?」
ウォルトンが間抜けな声を出したとほとんど同じタイミングでアレックスの部屋の扉が豪快に開けられ大きな盾を持った人物がゆっくりと部屋の中へ入って来たのだ。彼は一際大きな荷物を背負って扉の近くで笑っていたのである。