第18話 そして事態は動き始める
読んでくださりありがとうございます。とうとう動き始めたようです。
「……ここからでは詳しいことは分からない。だが、緊急事態ならば君たちも増援に行った方が良いんじゃないか? ほら、ここの監視は僕らだけで出来るからさ」
エルヴィスのその言葉に騎士隊は頷いた。そして近くにいた数匹の騎士隊に声をかけて全員でビアンカの祖母シャーロットの家を目指し出発したのである。こうして監視場所にはエルヴィスとエレナの2人きりになったのであった。
「……よし、今ここに騎士隊は誰もいないな? なら監視の仕事は放棄して問題無い」
「監視が始まってから……1時間ってところかな。割と早く動き出したんだね」
「まあ、動き出すなら早い方が良いのは確かだ。僕らも早く動き出そう」
どうやらエルヴィスとエレナは周囲に騎士隊が誰もいないことを良いことに監視の役割を放棄するようである。そして役割を放棄した2人は誰にも見られることなくこっそりその場を後にしたのであった。監視場所にはただ風だけが寂しく吹いていた。
……2人が去ってから約1時間が経過した。監視場所には騎士隊副隊長であるウォルトンが姿を現していた。実は彼はこのタイミングでこの場所に現れエルヴィスとエレナに監視の役割を交代することを持ちかける予定だったのである。だがエルヴィスとエレナは元より何匹か控えているはずの騎士隊すらこの場には居なかったのだ。
「……どうしたことだ。なぜ誰もいないのです? ……何者かに襲撃された? いや、そんな形跡は見えない。……ならばなぜだ?」
ウォルトンは監視場所をクルクルと歩き回りながら状況を整理していた。だが何が起こっているのかさっぱり分からなかった。やがて彼は状況を整理することを諦め王子の部屋の監視を始めたのである。実は彼がここに来たのはこの場所からとある瞬間を見るためであった。打ち合わせ通りに事が進めばそろそろ合図の時間である。
「……閉まったか。どうやらあちらは上手くいったようだな。……色々と不可解な点が多いが、目的は果たせそうだ」
彼が待つ合図は自分が開けたアレックスの部屋の小さな窓を閉める事である。やや乱暴な理屈ではあったがアレックスはウォルトンの言う換気の役割を理解してくれていた。ならば他の人が閉めることは無いだろう。そのため閉めるとすれば閉めるために侵入したもの以外あり得ない。故に侵入した合図に出来るのだ。
「……さて、仮眠室を確認した後にゆっくりと王子の部屋へ向かいましょうかね」
合図を確認したウォルトンはそう呟いて監視場所から去ったのである。これでまた監視場所には誰もいなくなってしまったのだ。だが、これは大した問題ではない。ウォルトンはここでの監視が意味をなしていないことを知っているのだ。
ウォルトンはアクィラがルシャブランに対して静観の構えであることを把握している。そして王子の部屋の監視はそもそも侵入者を送り込んでいるのが他ならぬ彼なのでありそれ故に監視の必要性はあまり無いのだ。
色々と不可解な点はあるものの計画は順調のようだ。王子の部屋へ向かう前にウォルトンは一度仮眠室へ向かった。そこではペアであるレイモンドが仮眠を取っている。現在レイモンド、ウォルトンのペアの役割は休息、つまりは仮眠を取ることである。
ウォルトンは仮眠室の扉を静かに開けた。それはもちろん眠っているレイモンドを起こさないためである。仮眠室の中は静けさに包まれていた。本来ならば寝ている人がいるため寝息が聞こえてくるはずである。ウォルトンは首を傾げた。
仮眠室は暗く明かりをつけなければ人間には何も見えない。だがラガマフィンであるウォルトンは明かりをつけずとも中の様子を確認することが出来た。そして仮眠室の中にレイモンドの姿が無いことに気が付いたのである。
「……いない? おかしい。彼にはかなりの濃さの香水を振りかけたはずだ。あの濃さならば6時間程度は起きられないはず。……ならばなぜ彼はこの場にいない?」
不可解なことがあまりに多くウォルトンは仮眠室の中をまたもやクルクルと歩き回り始めた。だがやはり何が起こっているのかの判断はつかなかった。判断をするには不確定な要素が多すぎるのである。
「……何者かが私の計画に気が付いているのか? ……まさか裏切り? いや、それはあり得ない。奴は私を裏切れないはずだ。……だがこの状況はいったい?」
いくら考えても答えは出そうに無かった。とにかく分かっていることは彼の計画が少しずつ狂っていることだけである。ならば彼の取るべき行動はひとつしかない。彼の最大の目的は王子の暗殺である。そのために今日この時まで計画をあたためて来たのだ。その計画は頓挫させるわけにはいかない。ウォルトンは仮眠室を飛び出し王子の部屋へ急いで向かったのだ。
「……やはり君か。私を殺しに来るのは君だと思っていたよ」
豪華な椅子にどっかりと座りながらアレックスは侵入してきたラグドールに向けてそう言った。よく切れそうな刃物を持ち、通気ダクトからこの部屋へ侵入して来たそのラグドールは感情を押し殺した、そんな表情を浮かべている。甘ったるい濃いにおいが部屋の中に満たされていた。
「……申し訳ありません」
侵入して来たラグドールはたった一言それだけを呟いた。アレックスはじっと前を見つめている。その目には目の前で自分に向けて刃物の先を向けるビアンカの姿が映っていたのだ。