第10話 断るのもまた自由
読んでくださりありがとうございます。アレックスはその身に魔力を宿しているようです。どういう事でしょうか。
アレックスはまたにっこりと笑って『風球』を解除した。マシューたちは頭の中が整理出来ずにいた。目の前で見せられたのは間違いなく魔法であり、それはアレックスの身に魔力が宿っている証拠である。
だがマシューたちはほんのついさっき王であるオースティンから動物はその身に魔力を宿さないものであると言われたのだ。それならば目の前にいるアレックスはモンスターだと言うことなのか。
しかし目の前に映るアレックスはどう見てもラグドールであり動物である。マシューたちはどれが正しくてでどれが正しくないのか分からなくなってしまった。そんな4人を見ながらアレックスはずっとにっこり笑っていた。
「ふふ……、混乱しているな。まあ、最初にジジイの話を聞いたならその反応を示しても無理は無い。だが考えてみてくれ。ジジイの理屈が正しいのなら人間の味方をする必要が無いんだ。人間だってその身に魔力を宿しているのだからな」
「……確かにそれはそうだな」
「もちろん初代勇者は初代魔王からの支配から解放してくれた偉大な存在であり、それだけで動物は人間の味方をするようになったと言うのは理解出来る。だが、だからと言って人間以外の魔力を宿すものを全てモンスターであり敵対勢力とすれば当然無闇に敵を多く作ってしまうことになる。……アクィラだってこちらがこんな態度を取らなければ敵対することは無かったはずだ」
アレックスの言うことは筋が通っているように聞こえマシューの耳に素直に入って来た。正直言ってオースティンの考えはやや危ない思考であり、アレックスの言うように敵を多く作ってしまうだろう。他の3人も同様に考えたようだ。それぞれが納得した表情を浮かべていた。
「……どうやら納得してもらえたようだな。それでは最後にもう一度聞こう。私としては断ってくれてもいい。……なにせ少しばかり危険な仕事。断るのもまた自由だ」
「もちろん受けさせてもらう。レイモンドがさっき言ったが元より俺たちには拒む理由が無いんだ」
「ふふ……、危険な目に遭うかもしれないのにこの決断力はさすが勇者候補と言ったところか。実に頼もしいことだよ。……さて、まず手始めにひとつ仕事を頼もうか。ええと、そこのローブを着たあんた。あんたにひとつ頼むとしよう」
「……何でしょう」
「恐らく扉を出たすぐ近くにビアンカがいるはずだ。ビアンカの所へ言って副隊長を呼んでこいと伝えてくれ」
アレックスは嘘を言っている表情ではない。だが見てもいないのにどうしてビアンカが扉の近くにいることが分かるのだろうか。怪訝な表情をしながらも使命されたエルヴィスは部屋から出るために扉の場所まで歩いて行ったのだ。
やがて扉の方からエルヴィスの驚いた声が聞こえて来た。どうやら本当にビアンカが近くにいたらしい。3人は何かすごいものを見るような目でアレックスを見た。アレックスは何事も無かったかのような表情を浮かべていた。
「……さて、残ったあんたたちに話しておきたいことがある。部屋を出たローブの男にも後で共有しておいてくれ。それ以外の人には一切知られてはならん」
「……?」
「今からする話はそれだけ極秘の話だと言うことだ。早くしないとビアンカたちも帰って来てしまう。一度しか言わないから集中して聞くんだ。…………」
それからアレックスは小声になって3人に話し始めた。その話の内容は想像も出来ないような話だったがアレックスの警護にかなり重要な話である。3人は集中してアレックスの話を聞いて頭の中に内容を叩き込んだ。
「……とまあ、話はこれくらいだ。全員内容は理解出来たな?」
「……はい」
「良し。それじゃあビアンカたちが帰って来るまで他愛も無い話でもしようか。……そう言えば私はあんたたちの名前を知らないな。全員順番に教えてくれ」
言われてみれば確かにマシューたちはアレックスの名前を知っているがアレックスはマシューたちの名前を知らない。3人は順番にアレックスに自分の名前を伝えた。思い返してみればアレックスはマシューたちを呼ぶ時にはお前もしくはあんたと言っていた。これからは名前で呼んでくれるのかもしれない。自分の名前を言いながらマシューはそんなことを考えていた。
「……王子、ただいま戻りました」
扉からノックの音と共にそんな声が聞こえて来た。ビアンカが戻って来たのだろう。そのまま待っているとビアンカとエルヴィス、そして見覚えの無い恐らくラグドールであろう白い猫が1匹王子の部屋に入って来たのだ。この白い猫が副隊長なのだろう。
「私を呼ぶとは何か大事な話でも?」
「もちろん。恐らくこれから警護が忙しくなるのでな。優秀な人に来てもらおうと思ってな。それで副隊長を呼ばせてもらった。……もちろんやってくれるな?」
「おや、これはこれは光栄ですねぇ。それでは私も警護に加わりましょう」
そんなやり取りを見ながらマシューはあることを少し考えていた。目の前にはラグドールと思われる白い猫が3匹。今のところラグドール以外の猫は見たことが無い。里の名前故にラグドールが多くなるのは分かるがそれにしてもラグドールしか見ていない。それなら猫の里ではなくラグドールの里ではないかと思えるのだ。
「……ラグドールと言うだけあってこの里にはラグドールしかいないんだな」
そんなことを考えていたマシューは思わずそう呟いていた。だがそれを聞いてなぜかエルヴィスは慌てたような素振りを見せた。何かあったのだろうか。