第9話 持つべき使命
読んでくださりありがとうございます。オースティンの話はまだ続きます。
「……はい」
「王子は私を除けば唯一ここルシャブランにある秘宝のありかを知る者じゃ。それ故に敵対勢力から命を狙われておる。敵対勢力というのはもちろん犬鷲の里アクィラのことじゃ。奴らはもう既にその身に魔力を宿し始めておる。そんなものは最早動物とは呼べぬ。その上で奴らは人間ではなく魔王を頼ろうとしておるのじゃ」
「……と言いますと?」
「先程も言ったが我々動物は初代魔王の支配から解放してくれた初代勇者に深く感謝しておる。モンスターとしてではなく動物として生きる道を肯定してくれた存在じゃからの。それ故に私は動物の持つべき使命として、その身に魔力を宿すことなく《自由》の象徴を守り抜くことにあると考えておる。ならばその身に魔力を宿そうとするアクィラは裏切りと呼べよう」
なるほど、オースティンは自分が考える使命にやや縛られていると見える。生まれた時からその身に魔力を宿していたマシューたちにとって魔力の有無によって動物かモンスターかを大別しようとするオースティンはやや危ない考えに思われた。
「……つまり犬鷲の里アクィラは魔力を宿し始めたので動物が持つべき使命を裏切ったとお考えなのですね?」
「左様。そしてそれ故に奴らがアレックスを狙っておると考えておるのじゃ。それ故にそなたたちにアレックスの警護を任せたいのじゃ! ……これで説明することは全て終わった。たった今よりそなたたちはアレックスの警護にあたれ。ビアンカ、後は頼んだぞ」
「かしこまりました。それでは王子の所へ戻りましょうか」
そう言ってビアンカはさっさと部屋を去って行ったのだ。残された4人は困惑の表情である。どうやら4人に拒否権は無いようだ。オースティンは長い話をして疲れたのか椅子に座りながら目をつぶっている。話しかけるなと言うその態度に4人は何も言えずに部屋を出たのである。部屋の外ではビアンカが澄ました表情で待ち受けていた。
「……ええと、俺たちに拒否権ってのは無いのか?」
「残念ながらありません。このルシャブランでは王様の決定が全てです。勇者候補であれば当然《自由》の象徴を手に入れたいでしょう。であれば従う方が身のためですよ」
そう言ってビアンカはアレックスの部屋に戻るため歩き始めた。まだ景色に見慣れてすらいない4人はここで置いていかれると完全に迷子になってしまう。4人は少しの不満を抱えながらビアンカの後を追ったのである。
「……なるほど、これからあんたたちが私の警護をしてくれるって訳か。ちょっと頼りないが良しとしよう」
そう言ったアレックスは右腕で頬杖をついて豪華な椅子にどっかりと座っていた。相変わらず尊大な態度である。だが不思議と先程ほどは苛立たなかった。その理由がなぜかはマシューには分からなかった。
「見た目こそショボいが勇者候補は勇者候補。その肩書だけでも信頼に値する。……だが、いくら勇者候補と言っても警護の流れを把握しておかなくてはいざと言う時に動くことは出来ないだろう。今からそれを確認していくとしよう。……ビアンカは既に把握しているな? ならこの場にいる必要は無い。退室しておけ」
ビアンカはアレックスの言葉に従い素直に王子の部屋を退室したのだ。これでこの部屋の中にはアレックスとマシューたちの5人だけとなった。ビアンカが完全に退室したことを目で確認したアレックスはマシューを見てゆっくりと微笑んだ。
「……断ってもいいんだぞ?」
「……どう言う意味です?」
「私の警護なんてやめてルシャブランから去っても良いという意味だ。どうせジジイが強引に頼んだんだろうよ。ジジイの言う動物が持つべき使命なんて今は大して意味をなして無いんだからな」
「確かに俺たちは王様に強引に頼まれてはいるが、拒否権が無かっただけで俺たちは別に拒むつもりは無い。……それより大した意味をなさないとはどう言う意味だ?」
レイモンドはすぐさまそう応戦した。確かにアレックスの言う通り4人はオースティンに強引にアレックスの警護を任せられた。拒否権が無いことに困惑し少し不満を感じていたのも事実である。
だが、だからと言って任された仕事を投げ出すことはしない。例え任されたのが第一印象が少しばかり悪いアレックスの警護だとしても自分に任せられた仕事である以上は全力を尽くす。それだけの話である。
そしてレイモンドにはそれよりも気になることがあるのだ。オースティンがあれほど熱く語っていた動物の持つべき使命が大して意味をなしていないとはどう言う意味なのだろうか。
「なるほど、勇者候補一行は正義感が余程強いと見える。勇者候補でないただの仲間にも関わらずこの正義感。ショボいのは見た目だけかもしれないな」
そう言いながらアレックスは右手をどこかへ差し出した。右手の先には特にこれと言ったものは無かった。いったい何をしようとしているのか。マシューがそれを考えで首を傾げたその瞬間アレックスの手から緑色の球体が現れたのだ。それはまさしく風属性の魔法であると言える。
「……『風球』⁈」
「そう大きな声を出すんじゃない。……まあ、ジジイにさえ聞かれなければどうでも良いんだがな。確かにこれは『風球』で間違いない」
「……どうやって魔法を? 魔力が無ければ発動することは不可能なはずだ」
「もちろん魔力を使って発動させているのさ。……私の父ニールが時の勇者と行動を同じくしていた頃。ニールはその身に魔力を宿したのさ。故にそれ以降の世代は微弱だが魔力をその身に宿している。……これでジジイの言う動物が持つべき使命が大して意味をなさないことがわかってもらえたかな?」