第7話 王からの頼み事
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その申し出を断る理由は何もない。マシューから順番に一人ずつ王様への自己紹介が始まったのだ。一番最初に自己紹介を終えたマシューは他の3人の自己紹介を聞きながらそういえば先程会った王子は名前も聞いてこなかったなと考えていた。もっとも恐らくもう会うことは無いだろうし何も問題ないはずだ。そう結論づけたのと全員の自己紹介が終わったのはほとんど同じタイミングであった。
「ふむ、マシュー、レイモンド、エルヴィスにエレナじゃな。それではそなたたちにひとつ頼みごとがあるのじゃが聞いてもらえるかの?」
「……なんでしょうか」
「……そなたたちに王子の警護を頼みたいのじゃ」
オースティンはゆっくりとそう言ったのである。それは誰にも相談していない内容だったらしく隣にいたビアンカもまた驚いた表情をしていた。もちろん4人も驚いたのは当然である。
「……我々では不足でしょうか」
「そうとは言っておらん。勇者候補が現れたと知れれば向こうがちとうるさくなる。ならば勇者候補とその一行であるマシューたちに警護を任せたいと思っただけじゃ」
「……ええと、話に全くついていけてないんですが、……そもそも警護とは何をすることで?」
「それを説明するにはまずこの里の現状を知ってもらわねばならん。この里は我々ラグドールを始め多種多様の猫で成り立っておるのじゃ。そして今は私が王としてこの里を統治しておる。……じゃが、いつまでも王でいる訳にはいかない。誰しも寿命と言う名の迎えが来るのじゃ。それは私とて同じこと。故に後継者としてアレックスの父ニールを指名したのじゃ。これが今から7年前の話となる」
「……」
アレックスの父ニール。マシューたちにとって初めて聞く名前である。アレックスが王子だとすればニールも王子たりえるはずである。それ故にオースティンの言う後継者に指名したと言うのは恐らくニールが王子となったと考えて良い。
そしてそれは今から7年前の話である。今王子となっているのはアレックスでありニールでは無い。そして目の前にいる老猫の名前はオースティンでありニールでは無い。
……であればニールは今どこへいるのだろうか。気になるところだがマシューたちはそれを聞かなかった。聞けなかったと言っても良い。
「……そなたたちの察しの通り、ニールはもう生きてはおらん。敵対勢力によって暗殺されてしまったからの」
「……敵対勢力とはいったい?」
「ここ動物の国は現在2つの里に分かれておる。それぞれ名前を猫の里ルシャブラン、そして犬鷲の里アクィラと言う。先程私が言った敵対勢力とはまさしくアクィラのことじゃ。我々動物がどうあるべきかの矜持をめぐり日々対立しておる」
「動物がどうあるべきか?」
「左様。本来動物はその身に魔力など宿しておらん存在じゃ。魔王がこの世界を魔力によって変えてからもそれはずっと変わらない。モンスターではなく動物として生まれたものとしての使命がそこにあるはずなのじゃ」
そう語るオースティンの言葉には力強さがあったのである。それは恐らく今までルシャブランをそうして引っ張ってきたと言う自負がそうさせているのだろう。だがそれを聞いたマシューはずっと別のことを考えてしまっていたのだ。聞いてはいけないかもしれない。そんな思いを押しつぶしてマシューは口を開いた。
「……あの、動物とモンスターの違いを教えてもらえませんか」
「……簡単な話じゃ。その身に魔力を宿しているか否かじゃ」
「……つまり魔力を宿していればモンスターであると。……ならば俺たち人間はモンスターと言う意味でしょうか」
マシューは静かにその言葉をぶつけた。オースティンの言葉を聞く限りではオースティンを王とするルシャブランは魔力を宿していない動物として誇りを持っていることになる。それならば魔力をその身に宿しているマシューたち人間は彼らにとって敵となるのだ。歓迎されていると思っていたがそんな側面があったとは。そうであればアレックスがあのような態度を取っていたのにも説明がつく。
「……なるほど、やはり勇者候補。話を理解する能力には長けているようじゃの。……じゃが、ひとつ勘違いをしておる。我々猫の里の住民は皆人間を敵対視しておらん。それどころか人間がやってくるのを心待ちにしておるのじゃよ」
「……?」
「順番に説明しよう。まずは……そうじゃの。魔力について説明しようか」
マシューは自分の考えに確信していた。それで全ての説明がつくと納得していた。しかしそれは勘違いだと一蹴されたのである。戸惑いを隠せないマシューだったがオースティンはそれに構わず説明を始めたのだ。その説明はマシューたちが想像すらしていなかったものである。
「魔力はこの世界を守っていると言われる霊竜ウタカタ様の持っている力のことじゃ。その力は不可能なことを実現する不思議な力じゃった。ここまでが魔力の話じゃ。その力を使ってウタカタ様はこの世界を平和に保っていた」
そこでひとつオースティンは間を置いた。どうやらこの話には更なる続きがあるようである。
「……だがそれを羨むものがいた。その者はウタカタ様の力を奪うために無謀にも戦いを挑んだのじゃ。……そこで完膚なきまでにやられてしまったならばまだ世界は平和なままだっただろう。敗れはしたものの、その者は驚くべきことにウタカタ様の持つ魔力のおよそ2割をその身に取り込んだのじゃ。そして己のその野心を駆使しその力を増幅させ再びウタカタ様に挑み、撃ち破ってしまったのじゃ。そしてその者は魔王と名乗り力を削がれたウタカタ様に代わって世界を支配し始めたのじゃ。……これは今から1000年ほど前のことじゃ」