第6話 会わせたい猫がいる
読んでくださりありがとうございます。ビアンカがマシューたちに会わせたい猫とはいったい誰なんでしょうか。
「王子、ビアンカです」
「……王子⁉︎」
マシューは思わず聞き返してしまった。だがそれを全く気にしていないとばかりにビアンカはさっさと扉を開けて部屋の中へ入って行ったのだ。部屋の扉は4人のために開けっぱなしにしてあった。
目の前の扉はルシャブラン城の中でも特に豪華なものであるためそれなりに地位の高い猫がいるのだろうとは思っていた。が、王子だとは思っていなかった。
後ろを振り返ると他3人も同様に戸惑いを隠せないでいた。しかし扉は4人が入るために開けたままでありここで入るのを躊躇うのはやはり不自然である。意を決して4人は部屋の中へ入って行った。
部屋の中は言うまでもなく豪華そのものである。そこかしこに宝石が散りばめられており反射する光に目が眩みそうになる。そしてその部屋には4人をここまで案内して来たビアンカと尊大な態度で豪華な椅子にどっかりと座っている猫がいた。恐らくこの猫が王子なのだろう。
「……ふん、こいつらが今度の勇者候補だと? 見るからにショボそうだぞ?」
のっけからこの失礼な態度にマシューは少し苛立った。ビアンカが申し訳なさそうにこちらを見ていることが見えなければ一言文句を言いたかったほどである。苛立ちを抑えてマシューは口を開いた。聞きたいことがあるのだ。
「……王子と聞いたのですが」
「いかにも。私がルシャブランの王子アレックスだ。……お前たちは本当に勇者候補なのか? ……まあ、時の勇者と比べれば劣るのも当たり前か」
「……王子は時の勇者に会ったことがあるんですか?」
「……お前たち本当に勇者候補か?」
マシューとしては疑問に思ったことを口にしただけである。だが目の前のアレックスは心底呆れたような表情である。その理由は分からない。いい加減ひとつくらい文句を言っても許されるのではないか。そんな考えがマシューにちらついてきたその時咳払いをしてビアンカが口を開いた。
「王子、確かにこの者たちは勇者候補でございます。それは私が保証いたします。……此度は彼らを知ってもらいたく参りました。用件は済みましたのでこれにて失礼いたします」
そう言うとビアンカはこちらの方へ歩いて来たのだ。どうやらもうこの部屋には用は無いらしい。ちらりと様子を伺うとアレックスは既に興味を失っているようでマシューたちのことには見向きもしない。部屋を去りながらマシューは困惑と苛立ちを覚えていた。
「……済まない。気を悪くさせてしまったな」
王子の部屋から出た4人にビアンカはそう言った。ビアンカは申し訳無さそうな表情と共に諦めの表情を浮かべていた。恐らくビアンカはアレックスの態度とそれを見た4人がどう感じるのかをある程度予感していたのだろう。そしてその表情は予感が当たっていることを示していた。
「……王子はいつもあんな態度で?」
「そうだ。……昔はあんな態度では無かったのだがな」
そう言うビアンカの目はどこか遠くを見ていた。その表情からはビアンカが度々王子によって苦労していることが伺える。マシューはそんなビアンカに文句を言う気にはなれなかった。
「さ、今度は王様に会ってもらう」
「王様に⁉︎」
「あぁ。……勇者候補であるそなたたちに是非お願いしたいことがあるのだ。そのためにまずは王様に会ってもらいたい。案内しよう」
そう言うとビアンカはまたどこかへ向かって歩き始めた。恐らくこの先に王がいる部屋があるのだろう。マシューはどんどんと偉い猫に会うことを困惑すると共にまだ見ぬ王の姿を想像してやや気落ちしていた。王子があれだけ尊大なのだから王もまた尊大な態度なのだろう。そのことを考えるとやや足が重かった。
「……え? ここ⁈」
ビアンカが扉の前で足を止めたその時レイモンドは思わずそう叫んでしまったのだ。マシューは慌ててその口を手で塞いだ。レイモンドはまだ何か言いたげに口をモゴモゴさせている。……まあ、その気持ちは分からないでもない。目の前の扉はサイズこそ城の中で今まで見たどの扉よりも大きかったが、装飾品の類はほぼ無く王の部屋の扉と言われるとやや味気ないものであったのだ。
「王様、ビアンカです」
ビアンカが部屋に入るのに合わせて4人も部屋の中へ入った。部屋の中はやはり扉と同様に装飾品の類はほとんど見当たらず質素な空間となっていた。その空間の一番奥でかなり大きな椅子いっぱいに座る老猫がこちらを見ながら微笑んでいた。この老猫が王なのだろうか。
「ふむ、そなたたちが此度の勇者候補か。私はここルシャブランの王であるオースティンじゃ。歓迎しよう、ルシャブランへようこそ」
「……ありがとう……ございます」
先程のアレックスと打って変わって目の前の王様は穏やかな態度である。王子と王様でここまで変わることがあるだろうかと困惑するあまりマシューの返答はややぎこちなくなってしまったのだ。王様はそれを見てマシューを咎めはしなかった。その代わりに横にいるビアンカにこう尋ねたのだ。
「……ビアンカよ、この者たちは既にアレックスを知っておるのか?」
「左様でございます」
「なるほど、それならそうなるのも致し方ない。……さて、勇者候補であるそなたたちの名前が聞きたい。教えてもらっても良いかの?」