第40話 その勇気を称えよう
読んでくださりありがとうございます。これにて試練が達成されました。
マルクは背中に札が貼られていることに気が付いていた。貼られているのは黄色い札である。これは試練の説明をするためにアイザックが取り出したものである。その札がマルクの鎧の背に貼られているということは、それすなわち試練の達成を意味しているのだ。
荒い息遣いが後ろから聞こえて来る。その前に膝に手をつき肩で息をしていたことから体力の限界が近いのだろうとは思っていた。それだけにそこから勝敗をひっくり返されるとは思ってもいなかった。マルクはゆっくり振り返った。視界の下に映るマシューは息を切らし地面に膝をついていた。
見た目では勝敗が逆に見えるがこの試練、負けたのはマルクであり勝ったのはマシューなのだ。マルクは優しく微笑むと口を開いた。
「まさか最後にこんな作戦をぶつけて来るとはね。……回復してあげよう。【大回復】」
「……ありがとう。正直言って賭けでしか無かった。どうせ負けるなら……足掻いてみようと思ってね」
マシューの言う足掻きとはすなわち攻撃を仕掛けるために武器を寸前まで隠すと言う作戦をデコイに使ったことである。ブラッドメイルによって大幅に身体強化されたマルクの剣速は近づくことすら難しいほどであった。それ故に手にしている武器を投げてまで接近を仕掛けたのだ。
そこまでして接近したマシューは満を持して収納袋から武器を取り出したのだ。取り出したのはウェイトソード。マルクの手首にダメージを与えたマシューの唯一の武器である。当然マルクはその武器で攻撃を仕掛けると思い込んだのだ。だがマシューはウェイトソードすらもマルクの顔めがけて投げつけマルクが回避した隙に背中に回り込んだのである。
「必要な足掻きだ。それは結果に表れている。……土壇場であんな作戦を思いつくのは見事と言う他ない」
「……どうやら終わったようじゃの」
聞こえてきた声に振り返るとアイザックが微笑みながら2人に近付いて来ていた。もちろんその後ろにはレイモンドたちの姿もある。細かい動きこそ分かっていないだろうが、マルクの背中に貼られた黄色い札は見えていたのだろう。レイモンドたちは嬉しそうに笑っていた。
「ええ、終わりました。……試練が達成されたのですから象徴を渡しても問題無いですね?」
「もちろんじゃ。……随分とボロボロじゃが立てるかの?」
アイザックは少し心配そうにマシューを見ていた。確かに疲れきってはいたがマルクの【大回復】の効果もあり楽に立ち上がることが出来た。それを見てアイザックは優しく微笑んだ。
そしてゆっくりと祭壇の奥へ歩きやがてマシューのもとへ戻って来た。その手の上には黒く光る兜が乗っていた。その頭には勇猛な獅子が乗っていた。《勇気》の象徴、獅子頭の兜で間違いないだろう。
「獅子頭の兜、《勇気》の象徴じゃよ。試練を無事に達成したお主にはこの兜を被る資格がある。受け取ると良い。お主の助けとなるだろう」
こうしてアイザックからマシューへ獅子頭の兜が手渡された。マシューはこの兜に触るのは初めてであるが不思議な程にマシューの手に馴染んだのである。まるで幼い頃に触ったことがあるかのようである。ありもしない記憶に戸惑いを感じながらマシューはそれを丁寧に丁寧に仕舞ったのだ。
「これも仕舞っておくといい。大事なものなのだろう?」
マルクの手にはウェイトソードとクラウンソードが握られていた。マルクめがけて投げつけたものだがどうやらマルクが拾ってくれたようだ。ありがたくマシューはそれを受け取りこれまた丁寧に収納袋へ仕舞ったのだ。そうして顔を上げるとマルクが少し懐かしそうな表情を浮かべていた。その理由が分からないマシューは少し首を傾げた。
「さ、この国へ来てすぐに試練を始めたんだ。間違いなく疲れているじゃろう。今夜は私の家に泊まっていきなさい」
「アイザックの家? 良いんですか?」
「御老公の家はこの国で一番広い家だ。故にゆっくり体を休められるだろう。……ふふ、私も泊まりたいものだよ」
「ほほう、ならばマルクも泊まっていきなさい。……象徴を守る必要も無くなったんだ。今はゆっくり体を休めるといいさ」
そう言ってアイザックは豪快に笑った。マルクはしきりに頭を下げている。マルクもアイザックの家に泊まっていくようだ。どうやらアイザックの家は相当大きいらしい。この国での宿が無いマシューたちにとってアイザックのその申し出は相当ありがたいことである。疲れているマシューはそれほど動けなかったが他の3人は思い思いに喜びを体で表現していた。
「ふむ、これほど喜んでもらえるのは気分が良いものだの。さ、この手鏡を使って私の家に向かうと良い。そうすればすぐに家の前に着くはずじゃ。家の前に案内役としてアンドリューがいるはずじゃから彼の案内に従ってゆっくり体を休めると良い」
そう言ってアイザックは懐から手鏡を取り出した。試練の祭壇へ転移した時のものとは形が少し違っていた。恐らく行き先別で形を少し変えているのだろう。マシューたちはすぐにそれを使って転移していったのだ。そして試練の祭壇にはアイザックとマルクだけがいたのである。
祭壇の守衛は少し前に退出済みである。故にこの空間に今人間はこの2人しか居ないのだ。真剣な表情のアイザックは静かに口を開いた。
「……似ておったな」
「ええ、似てましたね。……ふふ、ケヴィンを思い出しましたよ」
「あやつは間違いなくケヴィンの息子じゃ。……マシューだったか。……運命とは残酷なものじゃの」
「……もしかすると彼なら運命を変えられるかもしれませんよ」
「……だと良いがの」
そう言うとアイザックは遠くを見つめた。それはマシューにふりかかる運命を案ずる目であり、その目は暗く暗く沈んでいた。
これにて第3章は終了となり、次回より第4章がはじまります。これからも楽しんでいただけると嬉しいです。