第38話 迷いは刃を曇らせる
読んでくださりありがとうございます。試練が始まりました。
マシューはウェイトソードを構えてマルクへ迫った。まず先手を取ったのはマシューである。だがこの攻撃はマシューにとって小手調べであり、本気で攻撃を仕掛けようとしている訳では無い。それを知ってか知らずかマルクはその場を一歩も動こうとしない。その代わりに手にした剣を横に構えた。
マルクは軽く横に剣を薙いだ。それをマシューは正面からウェイトソードで受け止めた。吹っ飛ばされる訳にはいかないためにマシューは全身の力を込める。……それで受け止められるはずだった。マルクの薙ぎ払いの予想以上の強い衝撃にマシューは受け切ることが出来ずあえなく吹っ飛ばされた。動揺が隠せないマシューは受け身すら取れずに石の床に転がっていた。
「……こんなものか?」
「そんな訳……無いだろう」
起き上がりマシューは自分の位置とマルクの位置を確認した。その間マルクは余裕の表情でマシューを見下ろしている。マルクは先程から一歩も動いていない。それはマシューとマルクとの間にある差のように感じられる。だがその大きな差を嘆く暇は無いのだ。
「……良い目をしている。この差を見て諦めていない表情だ」
「……諦める訳にはいかないだろう」
「そうだな。象徴を手に入れたければ諦める訳にはいかない。その通りだ。……だが、お前は迷っているな? 何に迷っているか知らないが、そんな状態では到底私の背後など取れまい」
「……」
マシューは何も言い返せなかった。そう、確かにマシューは迷っている。マシューはマルクとの試練が始まる前に聞いたアイザックの象徴についての話で自分の目的がブレてしまっていたのだ。
勇者候補。《七つの秘宝》を手に入れようと追い求める大きな勇気と覚悟を持つもの。アイザックのその言葉が今でもマシューの頭にこびりついて離れないのだ。
そもそもマシューは自分から《七つの秘宝》を集め始めた訳ではない。マシューはただ父ケヴィンが何をしようとしていたのか、そしてなぜ殺されたのかの理由が知りたかっただけである。そのため勇者のことなんてどうでも良かったのだ。まして自分が勇者候補であることなど考えたことも無い。
マシューに迷いをもたらしているのはまだある。それは父ケヴィンもまた《七つの秘宝》を集めていた勇者候補であるということだ。マシューの記憶では父はずっと寝たきりの思い出しかない。そんな彼と勇者とは到底結びつかなかった。本当に目指すべきはそこなのか。
マシューは分からなくなったのだ。
「……そうだ。俺は諦める訳にはいかないんだ。俺は象徴を手に入れなければならない」
「……ふむ、良い覚悟。だが迷いはまだ消えていないな?」
「……そんなことは関係ない!」
マシューはウェイトソードを振りかぶるとマルクへ迫った。何度も何度も斬りかかったのだ。だがその剣筋は大振りでデタラメであり、何の意図も乗っていない。そんな攻撃がマルクに届くはずも無かった。マルクはマシューの攻撃をほとんど一歩も動くことなく全てあしらってみせた。
戦局はかなり厳しい。それは祭壇の外から見ても丸わかりである。レイモンドたちはマシューとマルクとの戦いを心配そうに見つめていた。やがてアイザックがため息を漏らした。それはマシューが3回目の大振りを盛大に空振った時である。
「……期待は外れたかの」
「何てことを言うんだ。マシューなら絶対に何とかしてくれるはずだ!」
ため息をついたアイザックはもう既に決着はついていると言いたげである。レイモンドはそれにすぐ反応を示した。それはマシューが悪く言われるのを嫌った故である。だがそんなレイモンドもそう言いながら負けてしまうのではと思い始めていたのだ。
「少なくともあれじゃあ無理じゃの。やぶれかぶれで達成出来るほど試練は甘くない。……それに何か迷っているようだ」
「迷っている……?」
「何に迷っているのかは分からんが、彼は今何かを迷いながらマルクと対峙しておる。その証拠に剣筋に何の気持ちもこもっておらん。それ故にあのように空振るのだ」
アイザックがそう言ったのとマシューが5回目の大振りを空振るのは同じタイミングであった。マルクは汗ひとつかいていないが攻撃が空振り続けているマシューは少し疲れが見られ始めていた。その姿は3人から見てもどかしいものである。
この試練は今までのものとは違いたった1人で臨むもの。それ故にエルヴィスがサポートをすることもエレナが回復することも、そしてレイモンドが共に戦うことも出来ないのだ。そしてたった1人でマルクへ挑んだマシューは今いいようにあしらわれている。何も出来ない歯痒さが3人にそれぞれ重くのしかかった。
そしてマシューは7回目の大振りをマルクに仕掛けた。マルクはそれを剣のつばで軽く受け流した。やはりマルクは先程からほとんど動いていない。そしてマシューはついに膝に手をつき肩で息をし始めた。
「マシュー! お前は何をしている!」
マシューは突然聞こえたその声に思わず後ろを振り返った。レイモンドが真剣な表情で自分を見ているのが分かった。先程の声もレイモンドが発したものだろう。
「何を迷っているのかは知らねぇが、そんなの後で考えろ! 俺やエルヴィス、エレナがいれば迷うことなんかねぇよ! 今お前のするべきことは何だ‼︎」
レイモンドはじっとマシューを見ていた。エルヴィスはレイモンドとアイザックの顔を順番に何度も見ている。恐らくレイモンドが叫んだことが試練のたった1人でという条件に引っかからないか心配になっているのだろう。それを見ていたマシューは小さく笑った。