第37話 試練が始まる時
読んでくださりありがとうございます。ここで課される試練はどのようなものなんでしょうか。
「それはもちろんわしじゃよ。象徴を守る者は強ければ強いほど良いと先程言っただろう? これでも3年前に引退するまでは深緑の騎士団の騎士団長だったのじゃ」
「……」
レイモンドたちは無言でアイザックを見た。確かに鎧に身を包んだアイザックは歴戦の強者の雰囲気を纏っており、かつてはかなりの実力者であったことが伺える。先程の話から時の勇者がこの国へ来たのは5年前のこと。つまりアイザックが引退する前である。
そしてそれが分かることで分かることが一つある。それはここで課される試練がどちらかの死をもって終わるバトルロワイヤルでは無いことである。そのことに気が付いたエルヴィスとエレナはほっと胸を撫で下ろした。
「……良かった。試練の内容は殺し合いでは無かったんだな」
「ふむ、それはあながち間違いではないがの」
「……え?」
「マルクは時の勇者の仲間だった勇敢な戦士であり、その実力は計り知れない。お主たちの実力がどれほどのものかをわしは知らんが、あやつを殺す気で挑んだ方が身のためじゃよ。それでは今からお主たちに課す試練の内容を説明しよう。心して聞くが良い」
その言葉にレイモンドとエルヴィス、そしてエレナはすぐに反応を示し背筋を伸ばした。だがマシューはそれが聞こえていないかのようにいまだじっと何かを考え込んでいたのである。
「……マシュー!」
「! ……何かあったか?」
「何かあったかじゃねぇ。今からアイザックがここで課される試練について説明してくれるんだ。何を考えているのかは知らないが、とにかく今はアイザックの説明を集中して聞こうぜ」
マシューは困惑の表情を浮かべていた。恐らく考えごとに必死で殆ど話を聞いていなかったのだろう。レイモンドの言葉を整理してようやく事態を把握したようだ。3人からかなり遅れてマシューも背筋を正した。その姿をアイザックは少し怪訝な表情で見つめていた。
「済まない、少し考えごとをしていた。……説明をお願いします」
「……ふむ、それでは説明を始めよう。今マルクが着けている鎧はブラッドメイルと言って魔法が一切使えなくなる代わりに魔力を消費することで身体能力を大幅に底上げ出来る性質を持っている。今からお主たちにはそんなマルクを相手にたった1人で戦ってもらう」
その説明を聞いてエルヴィスは思わずマルクの方を向いた。鎧は黒い輝きを放っている。恐らくあれがブラッドメイルなのだろう。そもそもマルクは時の勇者の仲間である戦士であり、身体能力はかなり高いと予想される。そんなマルクがさらに強化されていてなおかつ1人でそれに挑むのだ。確かにこれは相当な覚悟が必要である。
「戦ってもらうと言っても正面から挑む訳では無い。このお札を鎧の背に貼り付けること。それがお主たちの勝利条件じゃ。それが達成出来れば試練の達成を認め象徴を渡そう」
そう言ってアイザックは黄色い札を取り出した。表面には何やら文字が書かれているが4人ともそこに何が書かれているかは分からなかった。もっともそれを理解する必要は無いのだが。
「……つまり俺たちは何とかしてマルクの背後を取れば良いんだな?」
「そう言うことじゃ。マルクは相当な実力者。簡単には背後は取れまい。……この先到底敵わない相手が立ち塞がることもあるだろう。そうした試練に遭遇した時状況を打破できるのはそこから一歩踏み出す勇気じゃ。そんな勇気を持つ者にこそ《勇気》の象徴は相応しい」
その言葉を聞きながら全員がマルクの方を向いていた。つまり今試練の祭壇へ立つマルクはアイザックの言う到底敵わない相手なのである。それはマルク自身と身につけているブラッドメイルの説明を聞いた時に皆が思っていたことだ。そして今そんな彼の背後を取らなければならなくなっている。
なるほど、これが《勇気》の象徴を手に入れるために課される試練か。騎士団が違えばやはり考え方は異なるらしい。
エルヴィスはアイザックの説明を聞きながらそう考えていた。それはエルヴィス自身は《勇気》の象徴である獅子頭の兜を是が非でも手に入れようとは思っていない。彼の目的はあくまでもマルクに出会うことであり、それは達成されているのだ。故にエルヴィスは試練に挑む気はまるで無い。
それでは今から試練に挑むのは誰か。それは象徴を手に入れたいの望むマシューとレイモンドの2人のどちらかであろう。そしてエルヴィスはレイモンドではなくマシューが挑むだろうと思っていた。だがどうもマシューは先程からどこか上の空なのだ。
「……さて、説明は以上じゃ。誰がこの試練に挑むのじゃ?」
「……俺が行きます」
ふぅと一つ息を吐きマシューは一歩前へ足を踏み出した。表情が少し固い。それは覚悟を決めた故かそれとも何か別のことを考えてしまっている故か。だがしかしマシューはそれでも前へ足を踏み出したのだ。少なくともその行動は《勇気》の象徴を手に入れようとする者として相応しいものであった。
「やはりお主か。……さあ祭壇へ登るが良い」
アイザックは誰が名乗り出るか分かっていたようだ。その理由はマシューには分からない。だがそれは最早気にすることではない。そんなことを気にしていては到底試練の達成は不可能なのだから。
マシューはアイザックから札を受け取ると一つ大きな息を吐き祭壇への石段を登った。祭壇の中央で立つマルクはただ目の前のマシューを見下ろしている。石段を登り終わりマシューはウェイトソードを構えてマルクの正面に立った。
そこで初めてマルクは静かに口を開いた。
「……名前は何と言う?」
「……マシュー」
「そうか。……良い名前だ」
なぜ名前を聞いたのかマシューには分からなかった。不思議そうな顔をしているマシューをよそにマルクは背中に担いだ剣を抜いた。人の背丈ほどの大きなその剣は光に照らされ不気味に輝いていた。
「覚悟は出来ているようだな。それではそろそろ始めるとしよう。……我が名は戦士マルク、試練を与えるものなり。勇気ある者よ、汝の《勇気》を我に示せ」