第32話 転移先は修羅の国
読んでくださりありがとうございます。とうとう修羅の国へ行くようです。
4人の覚悟は既に決まっている。ここまで来て鏡に触れないという選択肢は無かった。4人は顔を見合わせて無言で頷くと全員同じタイミングで鏡に触れた。嵐馬荒原のユニコーン像での転移と似た感覚が4人を襲ったのである。
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修羅の国
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マシューは恐る恐る目を開けた。転移した先はどこかの町の中のようである。帝都よりは栄えていないもののマシューが育った田舎町と比べればはるかに発展していると言えよう。恐らくこの場所が修羅の国で間違いなさそうである。
他の3人も似たような反応を示していた。皆恐る恐る目を開け周囲を見渡し自分の現在地をある程度実感していたのだ。そんな4人に2人の人物が近づいて来た。1人は知っている。先程出会った老人である。もう1人は知らない人である。だが、緑と銀を基調にした鎧には見覚えがある。
「ふむ、覚悟があるのは全員じゃったか。……歓迎しよう。ここがお主たちの目指している修羅の国じゃ」
「……騎士団関係者ではなくて御老公に歓迎される人は珍しいね。私は深緑の騎士団の副団長を務めるアンドリューだ。どうぞよろしく」
そう言うとアンドリューはマシューに向けて右手を差し出した。マシューはそれに応じて握手を交わしながら少しばかり首を傾げていた。目の前の人物は深緑の騎士団の副団長だと言っているが、どう見ても団長であるニコラよりも年齢が上である。まさかこの見た目でニコラよりも若いとは思えない。
「……ええと、アンドリューは深緑の騎士団の副団長だと」
「もちろん。……それが何か?」
「……団長であるニコラの方が若く見えるのだが」
マシューはアンドリューに直球の質問を投げかけた。特段気にするべきことでは無いのだが、気になるものは仕方ないのだ。
マシューのその質問を聞いたアンドリューは一瞬驚いたかのように目を見開き、そして吹き出すように笑い始めた。気付けば横の老人も笑っている。なぜ2人が笑っているのか分からないマシューはさらに首を傾げたのである。
「……済まない。つい笑ってしまったよ。団長と言うのはニコラのことだな?」
「……? 団長が他にいるのか?」
「いや、そう言う意味では無い。今の深緑の騎士団の騎士団長はニコラで間違いない」
「……?」
「ニコラは私にとって甥になる。だからニコラの方が若く見えるのは当たり前のことだよ。……ついでに言えばここにおられるアイザック様はニコラの祖父だよ」
目の前にいる副団長はニコラの叔父であり、老人はニコラの祖父である。修羅の国へ来て知り合いの親類と出会うと思っていなかったマシューとレイモンドは戸惑いを隠せない。だが騎士団のことをよく知るエルヴィスは全く戸惑ってはいなかった。むしろ予想していたと言いたげな表情である。
「騎士団ではよくあることだよ。ほら神聖の騎士団も団長と副団長は親類だろう?」
「あぁ、なるほど。確かにそうだったね。アンガスは騎士団長の義理の息子だったもんな」
エルヴィスの言葉にマシューは納得してそう言った。ふとアンドリューの方を見ると少し険しい表情を浮かべている。その視線の先にはエルヴィスがいたのだ。
「……さて、君たちの名前も聞いておこうか」
マシューはアンドリューの表情が少し気になったが言われるがまま自分の名前を明かしたのである。マシューの名前を聞いてアンドリューは何の反応も示さなかったがアイザックは少し驚き、感心したような表情を見せた。そして最後にエルヴィスが名前を明かした時、アンドリューの表情は一番険しくなったのである。
「やはりか。その顔にその名前。……君は神聖の騎士団ユニコーンの団長ガブリエル・クラークの息子エルヴィス・クラークか。……クラーク家を追放された君がなぜここに?」
アンドリューは険しい表情のままそう捲し立てた。なるほど確かにエルヴィスはクラーク家の関係者ではある。そんなエルヴィスが深緑の騎士団と深い関係にある修羅の国へ来たのだ。表情が険しくなるのも理解出来る。
「……僕は特に目的があって来たわけじゃないよ。仲間がこの場所でやりたいことがあると言うからここまで来たんだ」
「……しかし我々と新興都市の間にあるのと同じく、クラーク家と修羅の国には不侵攻の取り決めがあるはずだぞ!」
アンドリューはエルヴィスが修羅の国へ来たことがかなり気になるようである。マシューたちからすればエルヴィスはクラーク家を追放された身であり、エルヴィスと神聖の騎士団はもう関係性が無いと思っていたのだが、そう言う訳でも無さそうである。ヒートアップして来たのか口調が少し強くなっているようだ。
「……落ち着きなさい。クラーク家の者とは言え今彼は神聖の騎士団では無い。それよりも優先するべきことがあるはずじゃ」
「……ですが」
「そもそも騎士団は本来目的を同じくするものだ。無闇やたらに敵対するのは適切ではないの」
ヒートアップしていたアンドリューだがそれをアイザックは優しく、そして強く制止したのだ。まだ何か言いたげな表情をしていたがアンドリューは納得したか、はたまた諦めたのか。それ以上口にするのを止めたのである。それを見てアイザックは微笑みマシューたちに向かって口を開いた。
「さて、マシューと言ったな? そして孫とも知り合いだと」
「……ええ、まあ」
「……これは私が孫から受け取った手紙じゃ。この中にはお主たちのことも記されている。出来る限り協力してやれともな」