第30話 潜む恐怖
読んでくださりありがとうございます。夜霧の森へ4人は足を踏み入れました。
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夜霧の森
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夜霧の森の中は湿度が高く、歩き始めてそれほど時間が経っていないにも関わらず4人とも汗だくになっていた。蒸し暑い森の中モンスターの気配を見逃すまいと4人とも神経を研ぎ澄ませていた。まだ何のモンスターとも遭遇していないにも関わらず4人とも精神的な疲れが少しずつ現れ始めていた。
「……疲れてきたな」
「ああ、……まだどのモンスターとも遭遇していないのに、……これほど疲れるとはね」
「まっすぐ歩いているけど、この道で合っているんだよね?」
エレナが心配そうに横からマシューにそう尋ねた。だが、そもそもこの道を通るのは全員が初めてのことである。この道が合っているかどうかなんて誰にも分からないのだ。
マシューは一言分からないと言うためにエレナの方へ顔を向け、そして目を大きく見開いた。マシューの目の前にはエレナを今にも捕食しようと大口を開けているワニ型モンスターの姿があったのである。
「……? 何かあったの?」
エレナはマシューのその顔を見て戸惑っている。エレナは戸惑っているだけでこの状況を理解している訳ではない。だが悠長にそれを説明している余裕は無い。マシューはエレナの顔のすぐ近くをめがけて剣を突き立てた。
しかし、その攻撃は空振りに終わった。気配を察知したのかそのモンスターは素早く後退し口を閉じたからである。そこで初めてマシューはそのモンスターの姿を目で見たのだ。
なるほど気付かないはずである。そのモンスターはまるで擬態するかのように体の色が周りの草木の色と同化していたのだ。
エレナは突然訪れた恐怖に声すら出せないでいる。体がすくみ上がり上手く身動きが取れない。だが、ある意味では助かったとも言えよう。ここ夜霧の森ではこのワニ型モンスターの他にも多数のモンスターが生息している。もし大きな叫び声を上げればたちまちモンスターたちに囲まれてしまうだろう。それ故にある意味では助かったのだ。
「レイモンド、……このモンスターは?」
「フォレストクロコダイルだな。擬態する特徴もあるとは聞いていたがこれほど気付かないものとは思わなかった。……エレナは多分動けないか」
「安全な場所なんて無いからな……。エルヴィスはとりあえずエレナの近くにいてくれ。このモンスターは俺たちだけで討伐するよ」
マシューの言葉にエルヴィスは頷いてエレナの方へ駆け寄った。他のモンスターと遭遇しない限りはこれで大丈夫だろう。マシューは改めて目の前にいるフォレストクロコダイルを見た。今でも気を抜けば見失ってしまうのではと思えるほどフォレストクロコダイルと周りの景色は同化していた。攻撃の前に気付けたのは幸運と言えよう。
体の表面は硬化しているように見えウェイトソードで斬りつけるのは少しばかり難易度が高そうである。狙うなら先程見た比較的やわらかそうな口の内側である。マシューは収納袋に手を突っ込んだ。こうした場面で使いたくはないのだがうってつけのものがこの中にある。恐らくこれを投げつければフォレストクロコダイルは口を開けるはずだ。
「レイモンド、狙うなら口の内側だ」
「……俺もそう思うがどうやって狙うんだ? まさかそのためにわざと噛みつかれるのは危険すぎるぜ?」
「もちろんそんなことはしない。今からこれを投げつけるからレイモンドはこれごと口の内側をシュバルツスピアで貫いてくれ」
「……なるほど、それは名案だな」
レイモンドは深く息をひとつ吐くとフォレストクロコダイルに近づいた。フォレストクロコダイルはレイモンドが手に持つ槍が気になるらしい。近づいて来るレイモンドをただただ静かに睨んでいた。……不意に意識が後ろへ逸れた。血が混じった肉の香りを鼻に感じた故である。腹を空かせているフォレストクロコダイルはその香りに敏感に反応を示した。
その香りを放つ物体が自分へ向けて緩く投げつけられた。最早近くに寄って来たレイモンドのことなど頭に無い。フォレストクロコダイルは投げつけられたそれにかぶりつこうと大きく口を開けた。それをレイモンドは決して見逃さない。内側から渾身の力で突き立てられた槍によってフォレストクロコダイルの上顎は貫通してしまったのだ。
「おらぁっ!」
貫通した槍は簡単には抜けない。口の内側から貫くことには成功したが同時にシュバルツスピアはフォレストクロコダイルの口の中である。槍を喰われる訳にはいかないレイモンドは強引に背負い込むようにしてフォレストクロコダイルを地面に投げつけた。
槍から外れたフォレストクロコダイルが森の地面に腹を上に向けた状態で叩きつけられる。だがまだフォレストクロコダイルの討伐には至っていない。
何とかして起き上がろうとフォレストクロコダイルは足掻く。その腹にマシューはウェイトソードを思い切り突き立てた。鮮血が噴き出る。上顎と腹から流れ出る血で周囲は赤黒く染まっていた。フォレストクロコダイルはもう動かない。討伐完了である。
「……ふぅ、なんとかなったな」
レイモンドは動かなくなったフォレストクロコダイルを見て安心したようにそう言った。マシューはフォレストクロコダイルの口の中から血で何がなんだか分からなくなっている黒い物体を取り出した。それを見てマシューは険しい表情を浮かべた。