第28話 焦りは禁物
読んでくださりありがとうございます。サンダーバードの群れとの戦いです。
マシューは【火纏】を発動させた。これによりウェイトソードに火を宿すことが出来る。発動している間ずっと魔力を使ってしまうがその分攻撃の効率は上がるのだ。魔法を回避されて狼狽得ている隙に1匹のサンダーバードに狙いをつけてマシューは何度も斬りつけた。
サンダーバード自体の体力はそう多くない。力無くそのサンダーバードは地面へ落ちて動かなくなった。すぐさまマシューは右側のサンダーバードへと狙いをすませる。勢いよく斬りつけようとしたその時レイモンドの叫び声が聞こえた。
「マシュー! 伏せろ!」
こうした時判断が遅くなるのは致命傷になる。ほぼ反射でマシューはその場に伏せた。次の瞬間雷を思わせるような音が響いたかと思うと高速で魔力弾がマシューの頭上を通過したのである。
発動されたのは【雷球】。雷属性の初級魔法ではあるが食らえば当然ダメージは負う。マシューは【雷球】のことを伝えてくれたレイモンドに感謝すると共にサンダーバードを睨みつけた。
魔法が外れたことによる動揺があるのだろう。サンダーバードはしばらく何をするでもなくその場に羽ばたいていた。どう見てもチャンスである。マシューはその隙に斬りつけようと一気にサンダーバードに迫った。
しかしそれはサンダーバードによって誘われた攻撃だった。マシューの剣撃に合わせるかのようにサンダーバードは自慢のクチバシでカウンターを仕掛けたのである。サンダーバードの鋭いクチバシがマシューの右手の甲を抉った。
だがその芸当はあくまでマシューだけに集中して初めて出来るものである。横から遅れて迫るレイモンドの姿にサンダーバードは気付けなかった。レイモンドの渾身の一突きがサンダーバードを貫く。確認するまでもなく討伐完了である。残すはあと1匹。マシューとレイモンドはすぐに残るサンダーバードが飛んでいた場所へ顔を向けた。
「【闇弾】」
闇の魔力弾が高速で放たれた。死角から放たれたそれにサンダーバードは気付かない。【闇弾】は両翼を貫いて通過していった。これにより機動力はガタ落ちである。目で見えていても左手一本でウェイトソードを振りかぶるマシューにサンダーバードは何もすることが出来なかった。討伐完了である。
「マシュー! 大丈夫か!」
レイモンドはマシューが手の甲を負傷したことを間近で見ている。戦闘中こそ声に出さなかったがずっと心配していたのだろう、戦闘が終わるや否やそう叫びながら近づいて来たのだ。
「あぁ、大丈夫。少し血が出ているだけだよ」
そう言いながらマシューは振り払うようにして右の手のひらを振った。鮮血が草の上に数滴飛んだ。どうやらまだ血は止まっていないようだ。レイモンドがそれを見て少し険しい表情を浮かべているとエルヴィスとエレナもマシューの近くへやって来た。そしてエルヴィスはマシューの右手の様子を軽く伺うと頷いて笑ったのである。
「……うん。見た感じではそれほど深い傷じゃないな。これくらいなら何も問題ない」
そう言うとエルヴィスは後ろを振り返った。エルヴィスの後ろではエレナが杖を構えていた。
「【回復】」
エレナの杖の先から放たれた白い光がマシューの手の甲を優しく包み込んだ。それだけで傷はみるみるふさがっていったのである。何度か体験した感覚だが未だに傷がふさがっていく感覚にマシューは慣れないのであった。手の感覚を確かめるようにマシューは右の拳を開いたり閉じたりしていたがやがて満足したように軽く右の手を振った。もう一滴も血は飛んでいない。
「ありがとう、助かったよ。……しかしエレナの回復魔法はやっぱりすごいんだな。パッと見ても傷がどこにあったか分からないもんな」
「ふふ、それはそうだよ。私は回復魔法に適性があると分かった日から回復魔法を唱え続けているんだ。このくらい当たり前に出来るよ」
エレナは照れくさそうに笑いながらそう言った。夜凪海岸でエルヴィスから魔法を教えてもらっている時にもエレナはこの話を言っていたのだ。それだけ回復魔法に自信を持っているのだ。
だがそれはあくまでも自分以外を対象にする時だけである。そもそも回復魔法のほとんどは自分以外を対象に取ることが多く、自分を対象とする場合魔法の種類が変わってしまうのだ。焦ってしまうとその辺りの感覚を見失ってしまう。
【治癒】が使え石化状態をなおすことの出来るエレナが石化になってしまったのはその理由が大きい。エレナはすっかりそのことを忘れて自分自身に【治癒】をかけ続けていたのだ。自分自身を対象にするのは【自己治癒】。エレナがまだ習得していない回復魔法である。
「……どうしたの? 私の顔に何か付いてる?」
「……いや、夜凪海岸での話を思い出していたのさ」
「つまり私の失敗の話ね? ……石化したことは本当にショックだった。回復魔法が得意なのに石化しちゃうなんてカッコ悪いじゃない? だからこれから君たちがそんな目に絶対遭わないようにもっと回復魔法のことを知ろうと思った。……確かそれもその時言ったはずだけど、それは忘れたの?」
もちろん忘れてはいない。マシューは慌てて首を横に振った。決して忘れてはいない。ただエレナの失敗の話が強くマシューに印象として残っているだけなのである。この話はマシュー自身への戒めとしてマシューは聞いていたのだ。