第24話 緋熊亭は優しさの宿屋
読んでくださりありがとうございます。帝都を出るなら緋熊亭からも出なければなりません。
不意に食堂の扉の方から声が聞こえて来た。見るとポーラが餃子とご飯茶碗を乗せたトレーを持って立っていたのである。今日の夕食は餃子定食のようだ。
「お待たせしました。こちらが本日の夕食になります」
ポーラはそう言って2人の目の前に餃子定食を並べた。こんがり焼けた餃子とほんのり香るにんにくが2人の食欲を刺激する。この料理もこれから食べられないかと思うと2人はさらに寂しく思ってしまったのだ。そんな2人を見てポーラは怪訝な顔をしていた。
「……何かありましたか?」
「なんかよ、帝都を出て他の国へ行くからこの宿屋にはもう来れないんだとよ」
「……何故?」
「次来た時緋熊亭に泊まれるか分からないので……」
それでポーラには伝わったようだ。ようやく合点がいったと言う表情を浮かべていた。
「あぁ、そう言うことでしたか。でしたら安心してください」
「……安心?」
「部屋は空けておくという意味ですよ。また帝都にいらっしゃった時にここに来てくださったら宿泊出来ますよ」
「……本当に?」
「そりゃ本当だよ。うちは冒険者のための宿屋なんだ。冒険者ってのは決まったところにずっといる訳じゃ無い。むしろいないことの方が多いまである。そんなもんだから宿が無いことなんてしょっちゅう。だからこそ俺たちは冒険者のための宿屋を作ったんだ。そんな人たちの帰る場所になるためにな。……あんたらヴィクター以外の宿泊客に会ったことないだろう?」
「……確かに無いな」
「そうだろう? だが実際はヴィクターとあんたら以外も宿泊していることになっている。ただこの宿屋に帰って来ていないだけだ」
「ええ、ですから帝都に帰って来られた時には遠慮なく緋熊亭へ来てくださいませ。お待ちしております」
そう言ってポーラはにこりと微笑んだ。2人は嘘を言っていない。今までも、そしてこれからも帰って来る冒険者のために緋熊亭を開けるのだ。
「ありがとう……ございます」
「礼なんて良いぜ。今から出発する訳じゃないだろ? 出発は明日の朝か?」
「……そうだが」
「なら早めの朝食を準備しておきますね」
当然のことのようにポーラはそう言った。朝食を食べずに出るつもりだった2人は嬉しく思うと同時にそこまでしてもらう訳にはいかないとも思ったのだ。だがそれをポーラは笑って流した。マシューとレイモンド以外で食事を希望するのはヴィクターのみ。それなら朝食の時間が多少早くなってもそう問題は無いのだと言う。
「……しかし」
「こういう時は素直にもらっておけ。……食事ってのは大事なものだ。食べられるのに食べずにいて良いことなんてあるはず無い」
「……それじゃあ、お願いします」
「おう。……さ、せっかくの夕食が冷めちまう。早く食べな」
バーナードは2人に早く食べるように促した。少し冷めてしまっていたがポーラの作った餃子は絶品であり瞬く間に茶碗のご飯が無くなったのである。もう食べることが出来ないかもしれないと思っていたが、緋熊亭へ帰ればいつでも食べられるのだ。そして緋熊亭は2人がいつ帰って来ても良いように待っているのである。それは2人にとって希望であり、またこの場所に帰って来ようという決意を固めさせた。
「……ふふ、元気になって来たんじゃないか?」
「おかげさまで、ポーラの作った夕食を食べたらすっと気が楽になったよ」
「それはまた嬉しいですね。私の作る料理なら帝都に帰って来たらまたいつでも食べられますから。私たちはいつでもお待ちしております」
そう言ってポーラはにこりと微笑んだ。2人はポーラとバーナードに礼を言ってから部屋へ戻ったのである。部屋の中でマシューは先程の会話を思い出していた。
レイモンドは祖父を亡くしたものの両親は生きている。だがマシューは唯一の肉親である父を亡くしており、母に至っては記憶すら残っていない。それ故にマシューにはそんなポーラとバーナードの優しさは心に沁みるのだ。
またこの場所へ帰って来よう。マシューはそう心に決めた。その決意を胸に抱きながらマシューは夜を過ごしたのだ。
そして朝になった。目が覚めたマシューは窓にかかるカーテンを勢いよく開けた。夜明け前の帝都はまだ薄暗く静けさが満ちていた。マシューは予定より早く起きた訳ではない。まだ静けさが満ちているこの時間に帝都を発つのだ。振り向くと眠そうに目をこすりながらレイモンドが起き上がっていた。
「おはよう」
「……おはよう。もう少し早く寝れば良かったか。まだ眠い」
「俺も眠いよ。……さ、早く準備をして朝食を食べに下へ降りよう」
少し眠そうにあくびをしているレイモンドを急かしながらマシューは準備を済ませた。レイモンドの準備が終わるのを待って2人が階段を降りるとカウンターに腰掛ける人物が目に入った。バーナードである。バーナードは降りて来た2人に気付くとにこりと笑った。
「おう。朝食は既に準備してある。俺が持って行くから食堂で座って待っていてくれ」
どうやら既に朝食は準備済みのようだ。2人が食堂で座って待っていると程なくしてバーナードが食堂へ入って来た。手に持ったトレーには大きなおにぎりが2つ置かれた皿が乗せられていた。
「今日の朝食は巨大なおにぎりだ」
2人の目の前に置かれたのは手のひらサイズの巨大なおにぎりである。このサイズのおにぎりを2人は見たことが無い。おにぎり1つと聞けば朝食にはちょっと足りないと思うかもしれないが、このおにぎりでそういうことは無いだろう。
2人はそのおにぎりを勢いよく頬張った。その中には昆布、鮭、梅の3種の具が入っており今まで食べたおにぎりで一番美味しいおにぎりであった。やはりポーラが作るものはどれでも美味しいようだ。レイモンドは夢中になってそのおにぎりを頬張っていたが不意に辺りを見渡し始めた。何かあっただろうか。