第22話 理由は不明、故に不気味
読んでくださりありがとうございます。エルヴィスは何かを気にしていたようですね。
「もちろん。……そうなるかもと思って昨日の夜きちんと掃除しておいたよ」
「さすがだね。それじゃあ上の階へ上がろうか」
こうして4人は食べ終わった皿を流し台へ運び、口をゆすいでからエレナの部屋へ上がったのである。部屋の扉を開けると宣言通り部屋の中は綺麗に片付けられていた。以前来た時よりもさらに片付けられているようである。
「……ええと、霊亀の伝説についてから話せば良いんだよね?」
「そうだな。確かその辺りで話が中断していたはずだ」
「でもその話の前にマシューとレイモンドにちょっと聞いておきたいことがあるんだ」
「聞いておきたいこと?」
マシューとレイモンドはほぼ同時に首を傾げた。エルヴィスは少し迷うような表情をしている。何か気になることでもあっただろうか。
「……書庫の外で誰かと会っていただろう? あれは誰だか教えてもらっても良いか?」
「あぁ、パウロのことか。あれは知り合い……と言うかただの顔見知りだな」
「彼は冒険者なのかい?」
「……確か冒険者になったばかりとか言ってたな。それがどうかしたのか?」
「そうか。……なるほどな」
そう言ってエルヴィスは迷うような素振りを見せながら部屋の天井を見上げた。何を気にしているのかマシューたちには分からない。だが間違いなく何かあると言うことは伝わってくる。そして何かあるとすればそれはパウロである。だがマシューにはパウロに何があるのかについて何も思い至ることが無かった。まだエルヴィスは迷いの表情である。
「……パウロに何かあるのか? 別にこれと言って親しい訳じゃ無いから迷わずに言ってくれよ」
「……僕の思い違いでなければ、あの男は駆け出しの冒険者では無い」
「……? 駆け出しの冒険者でないならなんだ? 駆け出しの冒険者を装った何かだと?」
「あぁ。……恐らくだがあの男は神聖の騎士団の騎士だよ。つまり冒険者ではなく聖騎士ってことさ」
「聖騎士……?」
エルヴィスが何を言っているのかマシューとレイモンドには理解出来なかった。もちろんパウロに何かあることは薄々伝わって来ていたがそれが聖騎士だとは思わなかったのである。
そしてエルヴィスの言うことが正しいのであれば、パウロは聖騎士ではなく駆け出しの冒険者を装ってマシューたちに近づいたことになる。得体の知れない恐ろしさをマシューは感じ呆然とエルヴィスの方を見ていた。
「以前も言ったが僕の父は神聖の騎士団の騎士団長だ。故に神聖の騎士団がどう言う組織かは人より理解しているつもりだ」
「……エルヴィスが信用出来ないと言っている訳では無いが、つまりパウロは聖騎士の一員でありながらそれを隠して俺たちに近づいて来たってことだよな?」
「そう言うことになるね」
「……何のために?」
レイモンドが問うたのは当然の疑問である。仮にパウロが聖騎士であることを偽っていたとして、マシューたちに近づいた理由が分からないのだ。
「……それはさすがに分からないな。だが確実に言えるのは、パウロが冒険者ではなく聖騎士であることと、君たちに素性を隠して近づく何らかのメリットがあるってことだよ」
「……ひとつ思い当たるものがある」
得体の知れない恐怖を感じながらマシューはずっとパウロがマシューたちに近づいて来た理由を探していた。素性を隠すことと2人に接近することの2つを満たすメリットはマシューには浮かばなかった。だがそれらを分けて考えればなんとかひとつの結論にはたどり着いたのだ。
「エルヴィスにも話したが、俺たちは聖騎士に家族を殺されている。だから聖騎士は俺たちからすれば家族の仇とも言えるんだ」
「……だから神聖の騎士団が君たちを警戒していると? 言い方が悪くなるんだが、君たちだけで神聖の騎士団が揺らぐとはとても思えないぞ?」
「……そうだよな。それじゃあなぜ神聖の騎士団は俺たちに接近して来たんだ? それも素性を隠して」
マシューは頭を抱えた。《知恵》の象徴を持つマシューでもパウロが素性を隠して2人に近づいて来た理由が分からないのだ。マシューとレイモンドが例え家族を殺された身であるとしても、神聖の騎士団からすればちっぽけな存在であるはずだ。いくら考えてもまともな結論は出なかった。数分が経ちレイモンドは長い長い息をひとつ吐いた。
「……結論なんて出ねぇよ。今いくら考えたって合ってる保証も無い。どうせまたパウロは俺たちを見つけて話しかけて来るだろう。ならその時に本人に聞けば良い。……聖騎士を隠した理由はなんだ……とな」
どうやらレイモンドは結論を出すのを諦めたようだ。やっつけのような言い方だが筋は通っている。確かにいくら考えて結論を出したとしてもその結論が必ず合っている保証は無い。ならば結論を出さないのもまた結論となり得るだろう。