第19話 霊亀
読んでくださりありがとうございます。次の本は何が書いてあるんでしょうか。
エルヴィスは積み上げられた本の真ん中辺りにある本を指で示した。やや厚めの本である故に取り出すのをやや苦労しているようだ。共有する順番に並べておけば良いのに、とマシューが思っているとエルヴィスはようやく本を取り出せたようだ。その表紙には『霊亀伝説』と書かれていた。
「……『霊亀伝説』か」
マシューはその本の名前からひとつ思い至ることがあった。それは嵐馬平原の攻略の途中で遭遇した霊鳥イナズマのことである。確かあの時レイモンドは霊鳥イナズマがこの世に三種のみ存在する伝説の霊獣種だと言っていたはずだ。となると霊亀は残りの霊獣種である可能性がある。そう考えたマシューはレイモンドの様子を伺った。レイモンドは険しい表情でただ頷くだけである。
「……その本が修羅の国と関係があると?」
「伝承では修羅の国の守り神として霊亀と呼ばれるモンスターが崇められているそうだ。……そもそも存在しているかすら怪しい存在ではあるけど、知っておいて損は無いだろう」
「……その霊亀ってのがこのモンスターのことなら間違いなく存在しているだろう」
そう言ってレイモンドは収納袋から図鑑を取り出してページをめくり始めた。そうして最後の方のページでめくる手が止まった。ページとしては霊鳥イナズマが描かれていたページのすぐ後に火を纏い上空めがけて吠えている大きな亀型のモンスター姿が描かれていた。そのイラストの右下には小さく霊亀ホムラと記されている。それがこのモンスターの名前だろう。
「……この本は?」
「これは俺が持っている愛用の図鑑だよ。帝都周辺で遭遇する可能性のあるモンスターを中心にかなり詳しく記述されているんだ。最後の方にではあるが霊獣種も記述がある」
「なるほど、だから霊亀と呼ばれるモンスターが存在していることが分かるんだな」
エルヴィスは納得の表情を浮かべた。だがレイモンドが霊亀の存在を断言したのはそれだけが理由では無い。レイモンドは無言でページを一枚戻した。そこにはもちろん雷を纏って大きな翼を広げた鳥型モンスターのイラストが描かれている。何を見せられているのか分からずエルヴィスとエレナは首を傾げていた。
「……このモンスターは?」
「このモンスターは霊鳥イナズマ。さっきの霊亀ホムラと同じく伝説の霊獣種のひとつさ」
「へぇ、霊亀以外にもそんなモンスターが存在しているのか。……まあ、遭遇することは無さそうだけどね」
「……マシューと俺はこのモンスターと遭遇したことがある。そして本物はこのイラストよりもずっと……威圧的でおっかなかった。今俺たちが生きているのが不思議なくらいな」
「……なるほど。伝説の霊獣種だから存在すら怪しいと思っていたけど、実際にマシューとレイモンドは遭遇していたのか。……だったらこの本の重要度はかなり上がるな。今から内容を共有するから心して聞いて欲しい」
エルヴィスの表情が引き締まった。恐らくエルヴィスは霊亀に関する情報は頭に入れるだけ入れておくくらいの軽い感覚だったのだろう。だが実際に存在していることや遭遇の可能性が出てきたことからすぐに気を引き締めたのだ。
レイモンドはエルヴィスがこれからする話をきちんと聞くためにひとつ息を吐き集中しようとした。だが隣のマシューはエルヴィスがこれからする話よりも図鑑が気になっているようである。
「……マシュー? 何か気になるのか?」
「……伝説の霊獣種は三種存在しているんだよな? この図鑑には残りのもう一つの霊獣についても載っているのか?」
マシューはこの話が今するべき話では無いことは分かっていた。だが、霊鳥イナズマが記されたページの次のページに霊亀ホムラが記されていることと、伝説の霊獣種は三種存在していると言うことからその次に載っているであろうもう一体のモンスターが気になって仕方ないのだ。この好奇心は抑えろと言われてもマシューには無理である。
「もちろん」
そう言ってレイモンドは次のページを開けた。そこには大きな翼を広げた竜の姿が描かれている。そのモンスターにはところどころ鱗のようなものがある他、ヒレのようなものも確認出来るため水の中に棲んでいるような描かれ方をしていた。霊竜ウタカタ。それがこのモンスターの名前らしい。
「……霊竜ウタカタ。伝説の霊獣種の中でも最も格の高い霊竜だよ。どこに棲息しているのか、そしてどんな生態をしているのかはほとんど明らかになっていない。このイラストも想像による部分が大きいらしく実物はもっと大きく威圧感があるだろうと予想されている」
「分かっているのは名前だけってことか?」
「そうなるな。……ただこの見た目が正しいのなら、どこかの深い水の中に棲息しているのかもしれない。案外夜凪海岸を深く潜れば遭遇出来るかもしれないぜ?」
レイモンドのその言葉を聞きながらマシューはじっと霊竜ウタカタのイラストを見つめていた。三種存在していると言われる伝説の霊獣種。そのうち一体と既に遭遇しており、二体目となる霊亀ホムラとも遭遇する可能性がある。……恐らくこの霊竜ウタカタともこれから先どこかで遭遇する。根拠は一切無いが何故かマシューはそれを確信していたのだ。
「……マシュー、そろそろ霊亀の話をしてもいいか?」
「あぁ、大丈夫だよ。話を止めて申し訳ない。霊亀の話に戻ってくれ」
「よし、それじゃあこの本から得た霊亀の情報を話そう。……とその前にレイモンド。その図鑑はもう仕舞っておいてくれ」
「そうだな、仕舞っておくよ」
レイモンドの図鑑に載っている霊亀の情報はもう確認済みである。話に集中するためにも一旦仕舞っておくことは自然な流れである。レイモンドもそれに素直に従って自分の図鑑を収納袋へ丁寧に仕舞ったのだ。そしてそれを確認して頷くとレイモンドは霊亀の情報を共有するために口を開いたのだ。
「よし、それじゃあこの……」
「……【魔法解除】」
どこからか発動された【魔法解除】によりエルヴィスが魔水晶で発動させていた【遮音】が解除されたのである。マシューが周囲を見渡すとこちらに向けて杖を構える人物が見えた。その人物は白と銀の鎧を身につけていた。