第16話 『異世界の見聞録』
読んでくださりありがとうございます。情報の共有が始まります。どんな情報が手に入ったんでしょうか。
「それじゃあまずは俺から共有しよう。俺が読んだ本はこれだ」
そう言ってレイモンドは自分が読んでいた本を見せた。その表紙には『異世界の見聞録』と記されていた。マシューも読んだはずだが何故か記憶は一切無い。覚えているのはレイモンドもまた読みながら寝てしまっていたことだけである。
「確かそれを読みながら寝ていたと思うが……」
「結構難しかったんだ。内容は把握出来たから許してくれ。この本の表紙にある異世界と言うのは修羅の国の事らしい。つまりこの本は昔に帝都から修羅の国へ渡った人の記録と言う訳だ」
それを聞いて全員が目を見開き身を乗り出した。それもそのはず、その内容は修羅の国に関する情報の中でもかなり欲しい部類の情報だからである。期待した表情をしている全員の顔を見てレイモンドは少し顔をしかめた。何かあるのだろうか。
「言葉にするとかなり有用な情報っぽいんだが、実際はそうでも無い」
「そうでも無い? 話を聞く限りではかなりどころかものすごく有用な情報に聞こえるよ」
「恐らく書いたこの人にしか出来ない芸当だからだ。この本の筆者の名前はスティーブン・アーノルドと言う」
「アーノルド? と言うことは勇者様か?」
筆者の名前に素早く反応したのはエルヴィスである。マシューはアーノルドと聞いて帝国の名前としか思わなかったがどうやらそれは勇者の名前のようだ。
「あぁ、そうらしい。スティーブン・アーノルドは初代勇者が帝国を作ってから名乗り始めた名前なんだとよ。俺はこの本で初めて知ったぜ。……エルヴィスは詳しいんだな」
「アーノルドと言うのは少し特別な名前でね。僕も聞いたことがあったんだ。まさか初代勇者様とは思わなかったけどね」
「特別な名前? 帝国と名前が同じ以外に何か特別なものがあるのか?」
「あぁ、あるよ。勇者様から力を受け継ぐ時にアーノルドと言う名前も一緒に受け継ぐことになっているんだ。つまりアーノルドと言う名前は一種の家名とも言える訳さ」
エルヴィスのその言葉にマシューは納得したように頷いた。アーノルドと言う名前であれば勇者であり、勇者ならばアーノルドと言う名前であると言うことである。5年前現れたと言う時の勇者もまたアーノルドと名前がついているのだろう。もっとも時の勇者様は消息を絶った人でありそれを知っても何にもならないのだが。
「それだけ詳しいのにどうして初代勇者と分からなかったんだ?」
「うーん、説明がちょっと難しいんだけど、アーノルドと言うのは勇者様を表すもので僕らが勇者様を呼ぶ時はただアーノルド様と呼ぶのさ。そしてそれを知っているから勇者様もアーノルドと名乗るんだ。だからだと思うんだけど、誰も勇者様のフルネームを知らなかったりするんだよ」
なるほど、それならエルヴィスが気付かなかったことも理解出来る。つまりエルヴィスは初代勇者のフルネームを知らなかったと言う訳だ。確かにアーノルドと言えば勇者と分かるのだから必ずしもフルネームを知っておく必要も無い。
だが初代勇者と言えば当時の魔王を討伐しアーノルド帝国を作った偉人である。そんな人ですら自分のフルネームを知られていないとは少しさみしい気もするのだ。
「……そう言えばエルヴィスとエレナは2人とも以前の勇者のことを時の勇者様って言って無かったっけ? 何で時の勇者様なんだ? アーノルド様で良いんじゃないのか?」
「それは簡単に説明出来るよ。アーノルド様は今代の勇者様のことを指すから消息を絶っていて生きているかも分からない場合使えないんだ。でも勇者様であったことは間違いないから時の勇者様と呼んでいるんだよ」
「なるほど。……ちなみにその“時の“ってのは意味があるのか?」
「もちろん。……時の勇者様は勇者になる前、時の魔術師と呼ばれるくらい高名な魔法使いだったんだ。だからそれを取って時の勇者様ってみんな呼んでいるんだよ」
「なるほどね、それで時の勇者様って訳か。……ちょっと話が逸れちまったな。話を戻すぜ。この本には確かに修羅の国への行き方が記されているが、恐らくこの人にしか出来ない方法なんだ」
「……どう言う方法なんだい?」
初代勇者にしか出来ない方法。全く想像もつかないがきっととんでもない方法なのだろう。どこからか生唾を飲み込むような音が聞こえて来た。自分では無い故にエルヴィスかエレナのどちらかなのだが、マシューはそれをどちらか考えることなくレイモンドの次の言葉に集中していた。
「……飛び越えるのさ」
「……は?」
「谷があっただろ? そこを思い切り飛び越えるのさ」
想像以上のパワープレイである。嵐馬荒原と修羅の国はかなり深い谷で切り離されているのだ。それをどうにかして乗り越える方法を4人は調べようとしているのだが、実際に行われた方法はまさかの力任せの跳躍だったのである。マシューは驚きのあまり何も言えなかったがエルヴィスは違っていた。すぐに冷静さを取り戻してレイモンドにこう聞いたのである。
「……だが、修羅の国は表の世界と裏の世界が混在する場所なんだろう? 到達したのは飛び越えて出来たとしても表と裏の行き来はする必要があるはずだよ。それはどうしたんだい」
「……これも参考にならない」
「……と言うと?」
「この本によれば、【転移】が何度も発動出来る杖があるらしい。それを使ってこの人物は表の世界と裏の世界を行き来したようだ。……そしてその杖は強力すぎるとして修羅の国にある祠に封印してしまったらしい」