第15話 探している間に
読んでくださりありがとうございます。エルヴィスは結構怒っているようです。
【暗号魔法】。設定された任意の文字列を口にする事以外で解除されることのないその魔法は機密文書などの保存に適した魔法であるそうだ。そして【暗号魔法】についての記述はそれ以外には無く、代わりにその続きには発見例がごく僅かであり、まだまだ謎の多い魔法であることが記されていた。
自分だったらその魔法で何を隠すだろうか。きっと習得することのない魔法だがそうしたことを考えるのは少し楽しいのである。マシューは本から顔を上げそのことを少しの間考えていた。……ふと目の前を見るとエルヴィスが無表情で杖を構えている。今回マシューは全く寝ていない。故に杖が振り下ろされる理由は無い。
「待って、寝てないよ?」
「……」
エルヴィスは無言のまま振り上げた杖を少し下ろしてある場所を示した。見るとレイモンドが気持ち良さそうに寝息を立てていたのだ。どうやらレイモンドが寝てしまったようである。再びエルヴィスは無表情で杖を振り上げた。そのタイミングでレイモンドの体がピクリと動いた。そして瞬きを繰り返してレイモンドはゆっくりと顔を上げたのだ。その間エルヴィスはずっと杖を構えて無表情であった。
「……ん? 俺寝てた?」
「完全に寝てたね」
「……そうか。ええと、エルヴィス。……とりあえずそれ、下ろしてくれるかい?」
「……良いだろう。まさか2人とも、寝るとは思わなかった。……いや、3人だな」
「3人?」
エルヴィスは無表情のまま横に座る人物を指で示した。見るとエレナは眠っているとは思えないほど綺麗に背筋を伸ばして目を瞑り静かな寝息を立てていたのだ。じっと観察しなければ寝ていることには気付かないだろう。
「……すごいな、これ寝てるのか」
「……みたいだな。全く気付かなかったよ」
そう言いながらマシューは自分の目の前にある机を軽く揺さぶった。だが、姿勢良く座って寝ているエレナはその程度では起きない。その次にレイモンドが手を伸ばして本来なら読んでいるはずの本を取ってみたのだ。さすがにそうすれば起きるだろうと思ったが、エレナは本を持っている姿勢のまま全く動く気配が無かった。
「……良いか?」
「出来ればもう少し優しく起こしてあげた方が……」
「……」
エルヴィスは少しため息を吐いてから手にした杖を下ろし、エレナの肩を揺さぶった。それでようやくエレナは動き始めたのだ。本人はバレていないと思っているらしい。何事も無かったかのように本のページをめくろうとした。だがその本はレイモンドが持っているのである。エレナの瞬きの速度が跳ね上がったのは言うまでも無い。
「……ん? 消えた?」
「残念だが消えて無い。君が寝ているから本を取られたことに気付いていないんだ。レイモンド、その本を僕に渡してくれ」
エルヴィスが今から何をしようとしているのかレイモンドには分からなかった。エルヴィスにその本を渡す前に一度表紙を確認してそれからレイモンドはエルヴィスに手渡したのだ。その本の表紙には『アーノルド帝国通史』と記されていた。確かその本はエルヴィスも読んでいたはずだ。
「マシューもレイモンドもある程度本の内容が読めて情報が集まって来ているはずだ。この辺りで一度情報を集約させたいと思うんだが」
「……それほど読めて無いが良いか?」
「大丈夫。君たちの情報が少ないことは分かっているよ。ただ既に読み始めていた分僕らの集めた情報が結構多くてね。そろそろ共有したいんだ」
なるほど、エルヴィスは情報を共有するタイミングをはかっていたらしい。エルヴィスたちがどれくらい前から読み始めていたのかは分からないが共有したいと言い出すのだからそれなりの情報が判明しているのだろう。
「あの……、エルヴィス。出来ればその本は返して欲しいな。……申し訳ないけどところどころ記憶があやふやでさ」
「そうだろうと思ったよ。まあ、この本は僕も読んでいるから内容は僕でも共有出来る。エレナはこれ以外から得られた情報を共有してくれれば良いさ」
エルヴィスは全く気にしていないと言いたげにそう言った。だがその表情は相変わらず無表情であり怒っているようにも見える。それはエレナにも伝わっており、すぐに彼女はエルヴィスに両手を合わせて謝ったのである。
「……こんなことを聞くのもあれなんだが、俺らが来るまでにエルヴィスとエレナは何冊本を読んだんだ?」
「……僕は4冊かな」
「私は……、その本は計算から外すべきよね。だったら2冊だね」
その答えにマシューとレイモンドはかなり驚いた。2人がリチャードを探してから文献を探している間にエルヴィスたちは結構な量の情報を集めていたのである。2人は凄いと思うと同時に申し訳無さも感じたのだ。
それだけの数の本を読んでいるならそれなりの時間がかかっているはずである。探すのに時間がかかったにも関わらずマシューとレイモンドの2人はやっと来たと思ったらすぐに寝てしまっているのだ。杖を振り下ろしたくなる気持ちも理解出来る。
「そんなに長い間情報を集めてくれたのに俺らは寝てしまっていたのか。……寝てしまって本当に申し訳無い」
「気にして無いさ。修羅の国の情報がなるべく多く分かれば今日の目的は果たせるんだからね。……さ、君たちも準備は良いかい?」
「……もちろん」
「よし、それじゃあ情報の共有を始めよう」