第1話 少年は必死
読んでくださりありがとうございます。マシューの物語はこうして始まったのです。
ここはアーノルド帝国の外れのとある小さな田舎町。厳しかった冬もようやく峠を越え建物よりも畑の方が広いこの田舎町では大人たちが春に備えて自分の畑を耕していた。そんなこの町で大人たちに混じってひとり、少年が畑を耕していた。
年は12を過ぎた辺りだろうか。まだあどけなさが残るその少年は今日もせっせと家の畑を耕していた。彼の周りに同じように耕す大人は見えない。それもそのはず、彼の家で畑を耕せる人間は彼の他にいない。病気の父と2人で暮らすこの少年は日々暮らすために必死なのだ。
「マシューよ、今日も頑張っておるのぉ」
額の汗を拭った少年、マシューは聞こえてきた声の方へ顔を向けた。見ると散歩中なのだろうか、マシューの親友であるレイモンドの祖父のロナルドがこちらへ向かってゆっくりと歩いて来ていた。
「やぁ、レイモンドのおじいちゃん。散歩かい?」
「おぉ、そうじゃよ。家にいてもわしに出来ることは少ないからのぉ。……ところでお父さんはまだ病気なのかい?」
「……そうなんだよ。だから俺が父さんの分まで頑張らないとね!」
「ふむぅ、ケヴィンも良い息子を持ったものじゃの。……おや?」
不意にロナルドが何かに気付いたかのような声を出した。視線の先に目をやると綺麗な白と銀の鎧に身を包んだ屈強な男たちが何かを探しているような顔で近くを歩いているのが見えた。
何となく嫌な予感がしたマシューはロナルドの影に隠れた。彼も同じことを考えていたのだろう。あまり見ない鋭い目つきで異質な存在感を放つその集団の行方を追っていた。
そして彼らはついに目的地を見つけたらしい。続々ととある建物の中へと入って行った。それを見たマシューは思わず声を上げそうになった。彼の家だったからである。
「……マシュー、よく声を上げなかったな。えらいぞ」
「うん、……ありがとう。……ところであの男の人たちは誰? 僕見たことが無いや」
マシューは不安そうな顔である。この小さな田舎町では大人も子どもも全て見知った顔である。故に知らない大人というのはそれだけで不気味なのだ。それも1人ではなく複数で、しかも自分の家に入って行ったのだ。マシューが不安そうな顔をしているのも無理は無いだろう。
「……ふむぅ、服装からすると奴らは……。いや、違うじゃろうな。悪いなマシュー。あやつらが何者かはわしにも分からん。ただひとつ言えることは少しばかり嫌な予感がすることだけじゃの。マシュー、わしについて来なさい」
「……嫌な予感? ……それについて来いってどこに行くの?」
「もちろんわしの家じゃ」
ロナルドは有無を言わさぬ口調で言い放った。マシューが何か言うよりも先にロナルドは既に背を向けていた。
「ちょっと待ってよ。その前にこれを片付けなきゃ」
マシューは畑仕事の途中である。どこかへ行くにしてもせめて道具だけは納屋に片付けておきたかった。マシューの父ケヴィンは温厚だが道具の扱いには厳しいのだ。怒られたく無い一心のマシューのその声にロナルドは振り返るとニコリと微笑んで口を開いた。
「置いておきなさい。ここがマシューの畑であることはここのみんなが知っておる。……なぁに心配するな。ケヴィンにはわしから怒らないようにと言っておこう。……よし、良い子だ。それじゃあわしの家へ行こうか」
そこまで言われればマシューにはロナルドに反対する理由は何も無い。畑仕事の道具から手を離したマシューの空いた手を握り、ロナルドは少しばかり早足で家へと帰るのであった。
マシューとレイモンドは家が近い。やや広めの畑が2つほど間にあるがマシューの家の隣にレイモンドの家があるのだ。玄関に入ると部屋で寝転がっていた1人の少年が顔を上げた。
「マシューじゃないか! 今日は畑仕事でてっきり遊べないと思ってたよ。畑仕事はもう終わったのか?」
そう言うとレイモンドは屈託ない笑顔を見せた。畑仕事は終わっていないし、そもそもなぜここに連れて来られたのかマシューには分かっていない。だからマシューはレイモンドの言葉の返答に少し困った。
マシューはレイモンドに返事をする代わりにロナルドの方へ振り返った。するとロナルドはその場にしゃがみ込みマシューの頭を撫で、そして口を開いた。
「畑仕事はまた明日やれば良いさ。それよりレイモンドが暇そうでな。なぁ、そうじゃろ?」
「うん! 暇だよじいちゃん。今日はマシューと遊んでて良いのか?」
「あぁ、いいとも。わしはこれから少し出かける。飯までには戻る」
そう言うとロナルドはタンスを開けるとかなり奥から引っ張り出すようにして上着を取り出した。マシューにはあまり見覚えの無いその上着を着てロナルドはどこかへ出かけるようだ。
準備を終えて家を出ようとするまさにその時のロナルドの表情をマシューは見てしまった。ロナルドは先程見た鋭い目つきをしていた。その目つきの理由が彼には全く分からなかった。
「……じいちゃん行っちゃったな。なあ、マシュー。今日のじいちゃんなんか変じゃないか?」
「うん、あんな目をしてるレイモンドのおじいちゃん初めて見たよ」
やはりレイモンドもまた少しばかりの違和感を感じていたらしい。しばらく難しい顔で考え込むとやがて何か思いついたかのように明るく笑った。
「じゃあさ、じゃあさ! ちょっと調べてみようよ」
「調べる? ……何を?」
「決まってるさ、じいちゃんがどこに何をしに行ったのかだよ」