GNT
1
頭痛がする。
目眩がする。
吐き気もだ……。
これは耳鳴りと言っていいんだろうか。頭の中を掻き乱される様な雑音がずうっと鳴っている。まるでラジオのノイズだ。ザーザーガーガーピーピーとずうっと鳴っている。
おかしくなりそうだ。
もうおかしいのかもしれない。
「おはよう」
不意に声をかけられ振り向くと。
「大丈夫?顔色悪いけど」
制服を着た女子がいた。
「え?あ、ああ。大丈夫だよ、ちょっと頭がね」
一気に意識が引き戻される。
そうだ、学校に行かないといけないんだった。
「体調悪いならおとなしく休んだ方が良いと思うけどな。じゃ、あたし先行くからじゃあね」
僕に軽く手を振ると行ってしまった。
確か……同じクラスの女子……生徒?だった……気がする。とりあえず会話することで気が紛れたのか大分ましになった。
学校に向かおう。
歩き出すと鮮明になる。ジリジリと肌が焼ける感覚とにじむ汗。
今は、夏か。
そうだ、真夏。
もう少しで夏休みに入る時期だ。
ぼんやりとしていた頭の中が多少はっきりとしてきた。
歩き出す。
のたりのたりとした足取りから、だんだんとしっかりした足取りに。
学校だ、学校に行かないと。
頭の中のノイズは、少し遠ざかっていた。
2
チャイムが遠く聞こえる。何故こんなにも遠くに聞こえるのか。
こうやって自分の席について先生を待っていても、とても遠く感じる。何故か日常を感じられない。かと言って非日常なのかと言われるとそんなことは無い。他のクラスメイトは普通に過ごしているのだから。
孤立感と言うよりは異質感。今、この教室の中で自分だけが異質に思えてならない。
何もかもが遠い。
――本当に遠いのか?
遠いと言う表現は、合ってるんだろうか?
先生が来た。授業が始まり、自分も板書されていくものをノートに書き写していく。
他は自分と同じく書き写す人。隠れてスマホを見てる人。授業中なのも関係無しに隣と喋ってる人。
変わらない……はず……。
おかしい所はない……気がする。
いつもの風景……だと思う。
――ジジッ……ジッ…………ザーッ……ジジッ……。
「大丈夫?」
ハッとする。
「ちょっとぼぅっとしてた」
「体調悪いなら保健室に行きなよ」
――ジッ……ザー……ピーガー……ガガッ……ピー……。
「行ってきなよ」
雑音に紛れてボソリと言われた、気がしただけかもしれない。何せ頭の中の音が酷すぎて顔も上げられなくなっている。
正直自分の周りの状況がわからない程だ。
保健室、行こうか。少し、寝た方が良いのかもしれない。
頭ががちゃがちゃしている。チューニングされてる気分だ。
3
保健室には誰もいなかった。職員室にいるのかもしれなけど、許可を取りに行くのも面倒だ。このままベッドを使わせてもらって、帰って来たら伝えよう。
靴を脱いで横になる。
朝から学校に来ただけなのに、もう疲れた。
頭の中がうるさい。
うるさい。
うるさい。
うるさい……。
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいっ!!
もうやめてくれっ!!
ベッドの上で布団を被り目を瞑り耳を塞いで丸まった。
手の先が冷たくなっている。
手だけじゃない。体の先から全部熱が持っていかれる感覚。布団にくるまっているのに凍えそうだ。
あぁ、死ぬのか。
死んでいるのかもしれない。
――ぺらり…………ぺらり…………。
何か、紙をめくる様な音がした。
部屋の中に誰かいる。ドアの開いた音もしなかったのに。
しかも、音はするのに気配はしない。
何がいるんだ?何かいるのか?どうなってるんだ?
そっと、静かに、被った布団を少しだけ持ち上げて、音のする方を覗いた。
しかし、覗かれていたのはこちらだった。
ベッドに手を掛けて、ずっと見ていたのだろうか。
開けた隙間の向こうから、何かがこちらをじっと見つめていた。
4
教室に立っていた。寒さはもうない。窓から入ってくる熱気と陽射しで暑くなったくらいだった。
皆が席に着いたまま、こちらを見ている。
こちらを見ているだけで、それは泥人形が座っているかの様な異様さだった。
顔もわからなくなったそれらは一斉に立ち上がった。
一つだけわかった。
自分はこれから、こいつらと同じものになるのだろう。それ以外、何も理解出来ないままで。
――ガガッ……ピーいい……ん……ガー……ピー……ど……にジジッ……ガー……って……た……。
「あ、ああ……。なんだよ、これ」
また頭にノイズが、と思ったら。
すべてが溶けた。
クラスメイトだと思っていたなにかも、机、教壇、教室そのものから、窓の外に見える世界全部がどろっと、溶けだした。
なにを見せられているのだろう。最初からおかしかったんだ。最初っていつからだろうか。
ああ、もうほんとうにやめてくれ。
そう思って顔を覆おうとした両手は、どろどろに溶けだしていた。
5
「――うっ……あ……あぁ……」
「やっと起きたかバカタレ」
目覚めると保健室のベッドに寝かされていた。ベッドの横には椅子に座って面倒そうにため息を吐くうちのクラスの担任がいた。
手に持った何かの小説で頭を軽く叩かれる。
「全く。体育でバレーボールやって、顔面でボールを受けた奴がいるからと呼ばれて来てみれば、すやすやと寝てやがる。お陰でもう放課後だぞ」
「……寒い」
「当たり前だ、冬に汗かくまで運動してそのまま寝てるんだから」
頭がぼぅっとしてる。
冬……。
ものすごく暑かった気がするのに、震えがするくらい体が冷えている。
「残念ながらうちの学校の保健室にはエアコンは無いんだ。さっさと着替えて帰れ。寒くて駄目そうならシャワー室を使える様に運動部に言っておいてやるから」
そう言って先生は、やれやれとまた面倒そうに立ち上がると椅子を片付けた。
「じゃあ、わたしは職員室戻るから気を付けて帰れよ」
戸に手をかけた。
「先生、一つだけ。ずっと頭の中がザーザーガーガー言ってた気がして……。何か変な電波でも受信してるんですかね?俺、大丈夫ですかね?」
何で先生にそんな事を聞いたのかはわからない。でも先生は振り替えると、片手に持っていた小説を放って来た。
「知らん。……眠ってたんだ、よくわからん夢でもみてたんだろうさ。そんな本が枕元に置いてあったんだ、夢見も悪いだろうさ」
手元に落ちた本は、良くある学校の怪談が題材のホラー小説だった。
「じゃあ、早く帰れよ」
俺が本を手に取った時、先生はそう言って保健室から出ていってしまった。
「確かに、そんな夢だった気がする……」
でも……、先生はそんな夢の内容もわかっててこれを渡してきたんだろうか。
知ってるような気もするし、知らないような気もする。どちらにしろ聞いてもはぐらかされるだろう。
本をパラパラと捲ってみる。
「……ふう、帰るか」
ベッドから立ち上がる。教室に制服を取りに行こう。
そして保健室から出る。
妙にすっきりした頭で考えたのは、球技をやる時は今度からはよく注意してやろうと言うことだった。
(そうしろ。何度もされたら面倒だ)
不意にそんなことを言われた気がした。
気のせいだろうけど、きっとあの先生ならそう言うのだろう。
「あの人、そういう人だもんな」