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六
先生呼ばれるほどバカではなし、というのは誰の言葉だっか忘れたけれども、と夏彦は玄関に入った。青年は階段の下でもじもじとしていたようだけれども、気にせず上がった部屋には本が所狭しと積み上げられていて、足の踏み場もなかった。
靴を脱ごうとしていたら、電話がなかった。
僕ですが、と出ると、僕って誰よ、と言われたので、ストーカーが下にいるんで警察に通報してもいいですよね、と返した。
貴瀬家の依頼を断ってこの界隈で暮らしていけるのかしらね、と言われた夏彦はため息をついた。
ドラマの見過ぎでは、と電話を切ったが、階段を登ってくる足音がしたので、仕方なく扉を開けて青年と顔を合わせた。
吉村先生ですか、と再び訊かれたので、ええ、まぁ、と応えると、青年はほっと胸を撫で下ろして、助けてくださいと頭を下げた。僕はそんな彼を不思議そうに見下ろした。