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五
昼前、夏彦の事務所を訪れた男がいた。歳は二十代だと思われたが、玄関の扉の前で不審そうな顔をして立っていた。その理由はなんとなく見当がつく。あまりにも外見がボロボロのアパートだからだろうと。
未開アパートという消えかかったプレートの先には四階までの外階段があり、一階にはシャッターが前回いつ開いたかもわからないような車庫と閉店した煙草屋があった。呼び鈴もインターホンも名札もポストもない。
あの、と夏彦は後ろから声をかけた。とくに考えがあったわけではなく、帰宅するのに、彼の前にある階段を二階までのぼらなくてはならないからだった。
すみません、退いてくれた彼が、あの、こちらにお住まいですか、と訊いてきたので、はい、と言うと、貴瀬社長の紹介できたのですが、吉村先生はおいでですか、と言う。僕は留守みたいですね、と二階の扉へと向かう。