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三
最初、貴瀬奇子は夏彦の彼女の仕事仲間だった。当時、ハイブランドで働いていた彼女の広告を担当していたのが奇子だった。
ねぇ、なかなか売れない会社があるんだけど、何が足りないのかしら、と訊ねられた夏彦は、それ以前に彼女はなぜ、約束もしていないのに、ここにいるんだろうか、と全く違うことを考えていた。
このあと予定ある?と唐突に奇子が言った。特に何も、あら、良かった。わたし、ここでこのあと打ち合わせなの。そうなんだ。この席、このまま使わせてもらうわね、と言われて、僕は?と思ったけれども、夏彦は席を立った。
このテラス、この時期の昼は席がとれないんだよな、と思いつつ、臨機応変に何でも容赦無く利用するのは相変わらずだなと冷静に思った。仕方がないので、上の階にあるステーキハウスのバーに行って飲みなおそうと思いエレーベーターへと向かった。