最近のダイエット食品は恐ろしい……!
夕方、体重計に乗ってショックを受ける。
「……太った」
体重が増えた。たまたま大食いした後だとか、一時的なものではない。明らかな増加傾向にある。
ちょっと前までの俺はこんなんじゃなかった。かなりだらけた生活をしていても体重は変わらなかった。長い間太らない体質を自負していた。しかし、体重計の数字という絶対的データの前にこの神話は崩れ去った。
俺は“太らない体質”なんかではなかった――
脳内に選択肢が現れる。
ジョギングやジム通いなどの運動をしますか?
はい いいえ
答えはノーだ。俺はインドア派で運動なんて大嫌い。義務的にやらされるわけでもない限り、誰が自発的に運動などするものか。
だからこそ太らない体質に感謝していたというのに……。
さらに選択肢が現れる。
食事のメニューを変更しますか?
はい いいえ
これもノーだ。肉や揚げ物中心だった食生活を、いきなり野菜やら果物やらのヘルシーモードにするのは辛い。料理の手間もかかるし。
運動も嫌、食事を劇的に変えるのも嫌。お前痩せる気ねえだろとご立腹の諸兄もいるかもしれないが、大丈夫。安心して欲しい。俺にはまだ手が残っている。
そう、ダイエット食品という手が――
……
俺は最寄りのドラッグストアに向かう。
狙いはお菓子コーナーに隣接しているダイエット食品コーナー。
今までも何となく目にすることはあったが、本格的に商品を見るのは初めてだ。
カロリーは少なく、なおかつ満腹感を得られるというダイエット食品。これを食べるようにすれば三食のメニューを劇的に変えずとも、痩せられるという寸法だ。少なくともどこぞのカロリーゼロ理論よりは理に適ってるはず。
目についたのは、ビスケットとチョコバーが融合したようなダイエット食品『ヤセヨット』だ。多分ダイエットを決意する「痩せよっと」とかかってるのだろう。
「これください」
「はーい」
ヤセヨットを一つ購入。これが俺のダイエット生活の始まりだ。
……
自宅に戻った俺はさっそくヤセヨットを食べる。
サクッ。
「ん!?」
体中に電流が走った。
「う、うまい……! なんてうまいんだ……!」
柔らかな噛み応え。滑らかな舌触り。軽快なサクサク音。
なにより味はどうだ。小麦粉の素朴な味にほのかな甘みが加わり、極上の味に仕上がっている。
もっと味気ない味を想像してたが、ダイエット食品を舐めていた。栄養面だけでなく味も上質になっている。これが企業努力ってやつか。
最近のダイエット食品って恐ろしい……!
ヤセヨットを食べ終わった俺は、ある衝動に襲われていた。
まだ食べたい。もっと食べたい。
俺はまたもやドラッグストアに向かい、ヤセヨットを買えるだけ買った。
この日の夕食はヤセヨットで済んだことは言うまでもない。
……
俺はとある会社で事務員をしている。
今日もデスクに向かっているが、そわそわしてくる。
あの味が忘れられない。
そう、体が猛烈にヤセヨットを欲しているのだ。
「ちょっと出かけてきます!」
会社近くのドラッグストアでヤセヨットを買う。買ったら即食う。ふう、うめえぜ。これで午前中は持つはずだ。
昼休みになる。上司や同僚から食事に誘われる。会社近くには質のいい定食屋やレストランが目白押しだ。
しかし、俺はそんなところに行きたくなかった。
「今日は遠慮しときます」
「そうか? じゃあ仕方ないな」
俺が食べるのはもちろん――ヤセヨット。
昼休み中、出来る限りのドラッグストアを訪ねて、そのほとんどを買い占めた。これで午後も大丈夫……。
三時のおやつも。
夕食も。
全部ヤセヨット。だってヤセヨットがうますぎるんだもん。しょうがないじゃないか。
……
朝起きてヤセヨット。仕事しながらヤセヨット。昼もヤセヨット。おやつにヤセヨット。夜もヤセヨット。ついでに夜食もヤセヨット。
こんなに四六時中食べていては、いくらヤセヨットのカロリーが低かろうと当然太る。
久しぶりに体重計に乗った俺は驚いた。
「……ますます太ってんじゃん」
ダイエット食品を食べすぎて太ってしまう。これなんてギャグ?
ヤセヨットは欠陥品だ。あまりにもうますぎて、食べすぎてしまうのだ。
お腹はどんどんたるんでいく。
ヤセヨットを作ってる会社にクレームを入れようとしたこともある。だが、直前で躊躇してしまう。なぜって? 決まってるじゃないか。
「お宅のヤセヨットのせいで太っちゃったよ! どうしてくれる!?」
「申し訳ありません。すぐ販売中止にいたします」
――こんなことになったら困るからだ。
もう俺にとって、ヤセヨットは欠かせないものになっていた。生活の一部、いや人生の一部だ。
俺のヤセヨット欲はますますエスカレートしていく。
ドラッグストアでの買い占めは当然やるとして、ネット通販や問屋から購入することも増えた。
鞄の中はヤセヨットで常に一杯にしている。
寝ている時を除き、ヤセヨットを食べるようになった。
というか、眠りながら食ってることもあった。
いつでもどこでも食うので、怒られる時もあるが気にしない。
ヤセヨットを買う金がなくなったら、借金してでも買うようになった。
ああ、ヤセヨット、ヤセヨット、ヤセヨット、ヤセヨット、ヤセヨット……。
……
……
俺はどこぞの路地裏でうなだれていた。
ヤセヨットにハマった俺は全てを失った。金も、理性も、社会的地位も。そして、もちろん体重も。
もう何日も食べてない。頬はこけ、体は痩せ細り、かつての俺を知ってる人が俺を見ても多分誰も分からないだろう。
ダイエットは成功したのだ……。
俺はあの大好きだったヤセヨットの味を思い出しながら、独りごちた。
「最近のダイエット食品は恐ろしい……!」
完
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