ワサビ入りのトマトジュース
プロメテウスに戻ると、スメラギがとても笑顔で待っていた。
笑顔が二割増しなのに、こちらを見たまま表情をぴくりとも動かさない。これが機嫌が最悪の時のスメラギである。
十中八九、エイカの事だな、とシラハは察した。
「やあ、お帰り~シラハ君! エイカ・アサクラ氏に会ったんだって?」
シラハの顔を見たとたん、スメラギはそう言った。
その辺りの報告はこれからしようと思っていたのだが、相変わらず耳が早い。
直接店にでも聞いたのだろうか。そんな事を思いながら、シラハはトマトゼリーの紙袋をスメラギに渡す。
「ええ、銀星軒を出るときに偶然会いました。こちらが頼まれたトマトゼリーです」
「ありがとう。……で、キミ、エイカ・アサクラ氏と一緒にお茶をしたんだって?」
「断り切れなったので。あと羊羹が美味しかったので、おすすめです」
シラハがそう答えると、スメラギはハァ、とため息を吐いた。
それから笑顔をぺいっと捨ててジト目になって、今度はメノウとイツキへ顔を向けた。
「ちょっとキミ達ぃ~もっと早く到着出来なかったの?」
「安全運転であれがギリギリでしたよ」
「そこはかっ飛ばしてよ」
「無茶言わんでくださいよ。プロメテウスの職員がプロメテウスに捕まるって最悪じゃないですか」
肩をすくめるメノウとイツキ。スメラギはまだ不満そうだ。
何か今日は妙にぐいぐい来るな、とシラハは思った。
エイカの事で機嫌が悪くなっているのは分かるが、理由がいまいち分からない。
すると、メノウがこらえきれないといった様子で「ふはっ」と噴き出した。
「スメラギ室長ってば、遠まわし過ぎるんだよ。すごく心配したんだよって素直に言えば良いのに」
「は?」
思わずシラハが聞き返した。
そしてスメラギを見ると、彼は腕を組んで大きく頷いた。
「バレてしまっては仕方ないね! そうとも! 心配したんだよ!」
「はあ、それは失礼しました」
「さすがシラハ君、反応が薄い!」
「どう返したら良いか迷うんですよ、スメラギ様のは」
本気か嘘かが見分け辛いあたりが、特に。
シラハがそう言うとスメラギは両手で顔を覆って、よよよ、と泣き真似をし始める。
「そんな! 迷うだなんて……僕の発言のどこに迷う要素があるんだい? 僕はこんなにシラハ君の事を想っているのに!」
「そうですか。とりあえずメノウ様とイツキ先輩に当たるのは止めて下さい。代わりにワサビ入りのトマトジュースをどうぞ。アタリましたので二本です」
「ありがとう……って、何でトマトにワサビ? と言うかハバネロはどこへ行ったの? 旅立ち? もしくは家出?」
「先ほど見たらすでにハバネロは売り切れていました。やはり十割の確率で当たったらしいですね。回転率が良い」
「うんうん! 皆の努力でもったいないを失くすのは良い事だ!」
「何か違う気がするけどね」
話している間に落ち着いたのか、スメラギはデスクの上に紙袋を置くと、開いた手で件の缶ジュースを受け取った。
しげしげと見つめて、それからカシュ、と開ける。
「…………」
ごくり、と一口。
飲み込んで、スメラギは何とも言えない顔になった。
「……刺激物を入れれば良いってモンじゃないね!」
「今回もパスタにしますか?」
「合うかなぁこれ」
「以前にネットで調べたら、ワサビとトマトのパスタは何件かヒットしましたから」
「どういう経緯があってそれを検索したの、キミ」
「自分の知るレシピだけでは、そろそろバリエーションに限界を感じたので」
けれど果たしてこの缶ジュースでいけるかは分からないが。
まぁ、味付けをどうにかすれば、何とかなるだろう。
「というわけで、飲むのが辛かったらこちらへ。それも使いますから」
「…………」
シラハがそう言うと、スメラギは目を瞬く。
「どうしました。ハトが豆鉄砲食らったような顔をして」
「いや、何かシラハ君が微妙に優しくて不安になる……」
なんて言った。
普段、自分はそんなに優しくない態度を取っているだろうか。
そう考えてシラハは、取っているな、と直ぐに思い至る。
まぁ、今回はそれらとは少し状況が違うのだ。
「心配して下さったみたいなので」
「うん」
「多少、悪いなと思っただけです」
「…………」
シラハがそう答えると、スメラギは大きく目を見開いた。
そしてイツキを見る。急に顔を向けられたイツキはぎょっと仰け反る。
だがお構いなしにスメラギはイツキに詰め寄った。
「聞いたかい、イツキ君! シラハ君が! あのシラハ君が! 僕に! 悪いって!」
「近い近い近い! 良かったですね! ところであんたの情緒どうなってんだ! ちょっ、ヘルプ、メノウ先輩!」
イツキが心底困った様子でスメラギから距離を取り、メノウに目で助けを求めた。
するとメノウはくすくす笑いながら「ま、機嫌が直ったら良いじゃないか」なんて言っている。
良いのだろうか。そう思っているシラハに、スメラギは再び顔を向ける。
「これはもうツンデレという奴では!?」
「生粋のツンデレに失礼です。私にデレ要素など欠片もないでしょう。勘違いしないでください」
「ねぇ、完璧じゃない!? どう思うイツキ君!」
「何で俺に振るんですか……」
勘弁してくれ、とイツキが肩をすくめた。
――――その時だ。
不意に、広報室の電話が鳴り出す。
イツキが「助かった、これで逃げられる」と言わんばかりに、大慌てで受話器を取った。
「はい、プロメテウス広報室です。――――はい、はい。……え? はい、分かりました」
会話中、イツキの表情が少し変わる。
何やらよくない内容のようだ。少しして、イツキは受話器を置いてスメラギの方を見る。
「室長、広報への仕事の依頼です」
「ほうほう、何だって?」
スメラギが聞き返すと、イツキは少し強張った顔で、
「西区に“狂鬼”が出たそうです」
と答えた。




