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管理機関プロメテウス広報室の事件簿  作者: 石動なつめ


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銀星軒のトマトゼリー

 吸血鬼は太陽に弱い。

 これは実際の話で、太陽の光が吸血鬼の肌に合わないのだそうだ。

 触れれば、フライパンに卵を落としたようにジュウジュウと焼けてしまう。

 だから昼間に活動する吸血鬼は、太陽の光に当たらないように、遮光のコートやマントなどで全身をすっぽりと覆っている。


 人間が吸血鬼に勝とうとするならば、狙うのはそこだった。

 事実、反乱分子達が吸血鬼を襲撃するのは、決まって昼間である。

 もちろん昼間にそんな事をすれば、とにかく目立つのだが――――。


 まぁそれは横に置いておいて、そういった事情で吸血鬼は太陽を苦手としていた。

 そして彼らにはもう一つ苦手なもの――いわゆる天敵が存在する。

 それが『聖人体質』と呼ばれる特殊な体質を持つ人間だった。


 聖人体質の人間は、存在そのものが太陽と同じで、吸血鬼に触れると相手を焼く(、、)事が出来る。

 どういった理由で生まれるかは解明されてはいない。けれどただ一つ言えるのは、聖人体質は人間にとって希望だという事だった。

 反乱分子にとっては特に。

 だからこそ管理機関プロメテウスは、聖人体質の人間を探し保護(、、)している。


 シラハ・ミズノセは、そんな聖人体質の人間だった。




 マンションを出て電車に乗り、シラハはアイゼンゴッドの東にある銀星軒へと向かった。

 メノウとイツキの姿はまだない。

 待たせるのはあまり良い気持ちはしないので、そこは良かったとシラハは思った。


(とりあえず、先に貰っておこうかな)


 そう考えてシラハは店の中に入る。すると「いらっしゃいませ」と明るい声が出迎えてくれた。

 ここには何度も通っているので店員とも顔見知りだ。

 にこりと笑顔を浮かべる店員に、シラハは「こんばんは」と挨拶をして近づく。


「お世話になります。スメラギ・トーノが注文した品物を受け取りに伺いました」

「いつもありがとうございます、ミズノセ様。トーノ様のご注文ですね。ご用意が出来ております」


 そう言って、店員はカウンターに紙袋を一つ置いた。

 中には綺麗に包装された箱が二つ入っている。


「六個入りのトマトゼリーが二箱になります。お代はすでに頂いておりますので」


 こちらもいつも通り、事前に支払いを済ませてあるらしい。

 シラハは店員に「ありがとうございます」とお礼を言って受け取ると、入り口へと向きを変える。

 あとはメノウとイツキを待って帰ればミッションコンプリートだ。

 少し気が楽になって歩き出した時、入り口の自動ドアがすうと横に開く。


「おや、あなたは――――シラハさんですか?」


 入って来たのはちょうど昨日会ったばかりの人物。

 エイカ・アサクラ、その人だった。


◇ ◇ ◇


 嫌な予想ほど当たるものだ。

 そんな感想を抱きながら、シラハは銀星軒にあるイートインスペースで、エイカと向かい合って座っていた。

 エイカと出会った時、人を待っているから失礼します、と外へ出ようとしたのだが、引き留められたのだ。


「この時間に、女性を外で待たせるなんて出来ませんよ」


 との事だが、もっと遅い時間に仕事で外を出歩いているシラハである。

 大丈夫だと伝えたが、エイカは「駄目です」と譲らなかった。

 しまいには「シラハさんが心配でジュエリーのデザインも浮かばない……」なんて大げさすぎる事を言われ、シラハは根負けした。

 相手がスメラギならばにべもなく断る事が出来るが、仕事を依頼した相手には、さすがのシラハもそんな態度を取るわけにはいかない。

 そんな事情で、シラハはエイカとお茶をする事になったのである。

 

 用心するように言われたが、とりあえず場所は銀星軒であるし、店員の目もある。

 その内にメノウとイツキもやって来るだろうから、妙な事にはならないだろう。シラハはそう判断した。

 ただ、場所を借りて待つだけでは店に申し訳なかったので、抹茶と羊羹のセットを注文した。するとエイカも「私も」と同じものを頼んでいた。

 銀星軒のイートインのシステムは先払いなので、メノウ達が到着すれば、スムーズに離れられるだろうという算段もある。

 そんな事を思いながら届いた羊羹を一口食べた。美味しい。向かいのエイカも羊羹を食べて顔をほころばせた。


「あ、ここは羊羹も美味しいですねぇ。知っていますか? イートインスペースで食べると、店売りの物より、ちょっと多めに出してくれるんですよ」

「なるほど、それは知りませんでした。エイカさんはよくこちらにいらっしゃるのですか?」

「ええ。ここのトマトゼリーのファンなんですよ。食べると元気が出て、仕事が捗るんです」


 当たり障りのない話題を振ると、エイカはそう答えてくれた。

 ここのトマトゼリーは吸血鬼に人気があるが、どうやら彼も例外ではないらしい。

 人間でも、吸血鬼でも、美味しい物は活力だ。その点についてはシラハも同意見である。 


「分かります。頭の働きも良くなりますね」

「そうなんですよ。シラハさんは甘い物はお好きですか?」

「ええ、好きです。疲れを取るには甘い物が一番ですから」

「フフ、そうですか。……やはりスメラギさんの補佐官は大変ですか?」


 エイカの言葉に、シラハは目を瞬いた。

 やはり、なんて言葉を使うあたり、スメラギ・トーノがどういう人物なのか知っている様だ。

 どう答えたものかな、と考えながら、シラハは慎重に言葉を選ぶ。


「そうですね……大変ではありますが。それに見合う人ですよ、あの人は」

「ほう? つまり、苦労する価値があると」

「苦労とは少し違いますが、まぁ、そうとも言います」


 エイカの言葉をシラハは肯定する。

 もちろんシラハだって好きで苦労はしたくない。仕事は努力し、真面目にこなすものであって、苦労するものではない。

 確かにスメラギの補佐官を務めるのは大変だが、あくまで『大変』なだけであって、それ自体は苦労ではないのだ。


「なるほど、なるほど。……私が思ったよりもずっと、シラハさんとスメラギさんは信頼関係を築いてらっしゃるようだ」

「…………」


 そこは否定したかったが、ややこしい事になりそうなので黙っておく。

 するとエイカは楽しそうにクスクス笑い出した。


「人間嫌いの吸血鬼が、人間と良い関係を築く――――まさに夢のようなお話です。素晴らしい!」


 急にエイカの赤い目が輝きだした。

 よく分からないが、彼の心の琴線に触れたらしい。

 彼はバッとテーブルに身を乗り出し。


「ああ……これほど感動したのは久しぶりです。シラハさん! 出来れば今度、私のアトリエでもっとお話を! スメラギさんもご一緒に!」

「あっシラハちゃーん! 待たせてごめんねぇー!」

「シラハさん、悪い。遅くなった」


 そんな彼の言葉を遮ったのは、メノウとイツキだった。

 どうやら到着して、様子を見てこちらに来てくれたようだ。

 強引に割って入られた形になって、エイカは少しムッとしたように目を細める。

 だが直ぐに、笑顔を貼り付けた。


「ああ、こんにちは。プロメテウスの方ですか?」

「ええ! エイカ・アサクラさんですね、お噂はかねがね! 一緒にいて下さってありがとうございます!」

「いえ、私も有意義な時間を過ごせましたから」


 にこにこ笑うメノウに、エイカはそう返すと、シラハへ目を向ける。


「シラハさん、今日はありがとうございました。またぜひ、お話をさせてください。――――では、私はこれで」


 そう言うと、エイカは軽くウィンクをして、銀星軒を出て行った。

 嵐みたいだったなと思いながら、シラハは残りの羊羹を頬張り。

 それから抹茶を飲み干すのだった。

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